短編3
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心当たりはある、日にちを逆算していけば答えは簡単に出る。別に相手は行きずりの男ではなく、恋人であるサンジだ。きっと、報告すればサンジは喜んでくれるだろう。あの男はああ見えて面倒みも良く、子供に対して愛情深く接せる慈愛の心もある。だが、私はこの妊娠をサンジに伝える気はない。今はまだ見た目には出ていないが数週間、数カ月と経てば私の見た目はどんどん変わっていくだろう。薄い腹はふっくらと命を護るように膨らみ、赤子が眠るベッド代わりになる。その変化にサンジが気付く前に私は船を下り、行方を眩まさなければならない。だって、サンジの夢に子供は邪魔なだけだ。それに今や私達は四皇の一味、妊婦だからといって情けを掛けてくれるような甘っちょろい考えを持つ敵ばかりを相手にしているわけではない。このまま、ここにいたら流産か最悪、子供も私も無事ではいられないだろう。私は誰にも話さず、元々少ない荷物を時間を掛けて片付けた。片付けは思考の整理にもなる。思い出と一緒に捨ててしまえれば楽なのだが、この恋心は簡単に捨てきれない。他のレディのように甘やかされてきたわけではない。はじめは少しばかり素っ気ないサンジの態度に寂しさを感じていたが、今の私はサンジのその不器用な愛情をひどく愛おしいと思っている。
「タイムリミットはもう少し……」
薄い腹を撫でながら、私は必要最小限の荷物を鞄に詰めていく。そして、タイムリミットである別れの日まで普段通りを装いながら海賊人生の幕引きをゆっくりと進めていくのだ。
次の島は治安が良いとナミが言っていた。それに気の無い返事を返しながら、内心では別の事を考えていた。あぁ、タイムリミットが来てしまった、と。
「ナマエ、聞いてんのか」
「へ、何?」
「ったく、ちゃんと聞いてろよ」
少しだけ乱暴な手付きでくしゃりと私の頭を撫でるサンジ。ぐしゃぐしゃになった髪を手で整えながら、サンジの話に耳を傾ける。
「治安良いみてェだからデートすっか、って聞いてんだよ」
「デート!したい!」
「だと思った」
ニヤリと片方の口角を持ち上げたサンジは私の前のめりな返事に満足気に頷くと私の肩を抱き寄せ、こう続けるのだ。
「可愛いカッコしておいで」
「いつも可愛くない?」
「あー、髪がボサボサだからマイナス十点」
「これは誰かさんが撫で回すせいでしょ」
全部普段通りだ、不器用なデートのお誘いに甘さが足りない軽口。これが最後のデートになるなんてサンジは知らなくていい、最後まで普段通りでいたいのだ。島に滞在するのは三日間、デートは二日目。そして、私がサンジの前から消えるのが三日目。出航するタイミングで姿を消そうと思っている、こういう事はギリギリでやるのが一番いい選択だ。
―――――――
ん、と差し出されたサンジの手に自身の手を重ねるとサンジのコートのポケットの中に招き入れられる。
「いいんじゃねェの、それ」
「どれ?」
「あんま着ねェだろ、そういうの」
「サンジのせいで太ったからワンピースが楽なの」
実際は妊娠の影響だが、ここで馬鹿正直に話したら計画は丸潰れだ。
「最近、全然メシ食わねェのってそれが原因?」
「へ」
「それに吐いてるよな」
サンジは何かを勘違いしているようだが、最近のそれらは少しずつ始まった悪阻のせいだ。どう誤魔化そうか、と無い頭をフル回転させても上手い返しは何一つ浮かばない。隣を歩くサンジの顔を見上げれば、その顔は怒っているようにも哀しんでいるようにも見える。
「いつ、教えてくれんの」
「……何の話」
「いるだろ、ここに」
焦った私はお腹の子に悪いと分かっていながらもサンジの手を振り払って、来た道を逆走する。あの確信めいた言い方はサンジがもう正解に辿り着いてしまったという事だ。それに私がむしゃらに走ったところでサンジの長い足は簡単に二人の距離を縮めてしまう。グッと後ろに腕を引かれて、硬い胸板に逆戻りした私の体をぎゅっと力強く抱き締めるサンジ。
「ッ、おまえ、ほんとさァ……母親の自覚あんのかよ……」
「あるに決まってるでしょ!?じゃなきゃ、船を下りるなんて簡単に決められないわよ!」
「あ?船を下りるたァどういう了見だ!?」
「だって、妊婦が乗ってるなんて邪魔じゃない」
戦えもしないのにどうすればいいの、とサンジのコートの襟を握り締めながら必死に声を張り上げる。これは数日間、悩んで悩み抜いて出した私にとっての最善だ。私の八つ当たりじみた文句を黙って聞いていたサンジは少しの沈黙の後、穏やかな口調でこう口にした。
「おれがいるだろ」
サンジは濡れた私の頬をコートの袖で雑に拭うと、フッと笑みを溢す。
「汚ったねェ顔」
「……だって、サンジは」
「コイツの父親だ」
一人で育てるなんて言わねェよな、ママ、とにこやかに圧を掛けてくるサンジに私はもうこれ以上何も言えなくなる。俯く私の顔を覗き込むようにその場にしゃがみ込んだサンジは私の手を握り、確認するように薬指に触れた。
「化粧直したらさ、指輪見に行かねェ?」
「……もう浮気出来なくなっちゃうよ?」
「一回もした事ねェけど」
「……何で赤ちゃんがいるって分かったの」
私のお腹を指差すサンジ。
「ここからレディの気配がしたから」
間違いねェ、と迷い無く言い切るサンジは私すら知らない子供の性別をその異常なレディセンサーで察知する。嘘でしょ、と力なく溢れた私の独り言にサンジはドヤ顔で返事を返すのだった。