短編3
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「結婚したい」
これは呼吸と同じだ、その言葉を吐き出すのは息を吐き出す事と同じ。そして、呼吸をする度にサンジは自身の左手を私の前に差し出す。
「とっくにおれは君のものだよ」
そう、私達は夫婦だ。したいではなく、してる。左手の薬指には指輪だってある、プロポーズの言葉だって一字一句覚えている。あの時のサンジの表情の物真似だって出来る、それぐらいに大事な思い出として記憶に残っている。
「あなたのレディファーストと一緒よ」
「どういう意味?」
「当たり前ってこと」
日常のふとした行動にときめかされた事は一度や二度ではない。それは恋人になる以前から現在まで続いている。出し惜しみせずにサンジは丁寧な愛情をこちらに向けてくる。その愛情を一身に受けていれば、手放す事が惜しくなる。
「毎日結婚したいと思うのは変かしら」
「っ、はは、すげェ殺し文句」
左手の薬指にはめられたシルバーの輝きにサンジのカサついた指先が当たる。
「毎日、惚れ直してるって事でいいかい?」
「結婚した今の方がドキドキするなんて誰も教えてくれなかったわ」
結婚したら緩やかになると思っていた恋の波はここに来て最高到達点に届く。サンジはそんな私に呆れもせずに穏やかに相槌を打つ。うん、うん、と私の拙い言葉を丁寧に拾ってくれるサンジ。
「おれも同じ」
出来るなら君と今日も結婚してェよ、と瞳の碧をうっとりと蕩けさせるサンジの辞書には否定という言葉は無いのかもしれない。大抵の事はこうやって受け入れられてしまう。
「ふふ、願うのは一夫多妻制じゃなくていいの?」
そして、こうやって揚げ足を取るようにいらない事を言ってしまうのは私の悪い癖だ、サンジの唯一の欠点を突いて反応を試してしまう。
「君を知る前ならそうかもね」
でも、今は魅力的だとは思わねェよ、とサンジは怒るわけでもなく浮かれるわけでもなく、淡々とした様子でそう答える。
「だって、もう君の愛し方しか分からねェんだ」
シルバー同士が重なり、音が鳴る。普段なら生活音に掻き消されて聞き逃してしまうようなか細い音だ。
「……器用に恋愛をするタイプだと思ってた」
「本命には器用なフリしてェのが男なの」
サンジはそう言って、私の手を引き寄せる。ふらりとよろけた体はサンジの腕の中に収まり、すっぽりと包み込まれてしまう。
「それにこれ以上、おれの腕にぴったりと収まるレディは見つかりそうにねェ」
平均的なスタイルだ、探せば簡単に見つかりそうな平々凡々。なのに、サンジの顔には嘘が無い。
「ね、目移りする隙なんてねェだろ?」
降ってくる口付けを受け止めながら私は静かに降参のポーズをとる。そして、また呼吸をするように冒頭の台詞を口にするのだった。