短編3
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サンジにとっては一世一代の大勝負だった。彼女に好意を伝えるという行為がこんなにも緊張するとは思っていなかった。普段のサンジだったら詩を読む詩人のように口説き文句を口にする場面だ。だが、実際はあなたが好きですと伝えるだけで口は乾き、喉はくっつき、それ以上を口にする事は出来なかった。
「ありがとう。それじゃ、私はナミに呼ばれてるからまた後でね」
なのに、一世一代の大勝負の結果はこれだ。これは彼女が悪いわけではない、普段のサンジの行いのせいだ。サンジ自身も己の行いが招いた結果だと頭では理解している。不特定多数の女性に目を奪われて、ペラペラと口説き文句を口にしていた過去の己が憎くて堪らない。ひらりとスカートを揺らしてキッチンから出て行く彼女の背中に手を伸ばそうにも彼女は蝶のようにサンジの手をすり抜けて行く。宙に放り出された手をスラックスのポケットに仕舞い込み、サンジは椅子に行儀悪く腰を下ろす。そして、テーブルに項垂れると彼女の名前をぽつりと呟いた。
「……ナマエちゃん」
大勢いる女性の中のひとりを呼ぶ声ではない、その声は唯一を呼んでいた。だが、これだけではサンジの以前の行いは消えてくれないらしい。彼女には好意なんて全く伝わっていない、先程の態度を見ていれば嫌でも分かる。
だが、次の瞬間、ひとり項垂れるサンジの耳に彼女の声が届く。キッチンの扉の前で何かを言い争うような声。相手はさっきの発言の通りナミのようだ。女性の会話を盗み聞きしているようで心苦しいがサンジは何かキッカケが欲しかった。象のように耳を立てて、神経をそこに集中させるサンジ。
「そんな顔するなら早く撤回して来なさいよ」
「だって、さっきだって逃げて来ちゃったし……」
「今頃、サンジくん泣いてるかもね」
「……罪悪感でどうにかなりそう」
どうやら言い争いでは無さそうだ。それに胸を撫で下ろしていれば、耳に入ってくる己の名前。泣いているとはどういう事だろうか、自身が泣くと何故、彼女が罪悪感を覚えるのか。サンジは何一つ分からないまま、二人の会話に決着が着くのを待っていた。キッチンから飛び出して二人の間に入る事も考えたが話の内容的には大人しく待っていた方がいいだろうとサンジは着席したまま、二人の会話に耳を澄ませる。
「最初から逃げ出さなきゃ良かったじゃない」
「だ、だって……、心の準備が、まだ」
「ええい、まどろっこしい!」
ナミの豪快な声がキッチンの中にまで響く。そして、勢い良く開いたキッチンの扉。金髪に隠れていないサンジの片目が驚いたように扉の方に視線を向ける。そして、ナミに強引に背中を押された彼女が転がり込むようにキッチンの中に入って来る。
「あ、えっと……数分ぶりね」
一度だけ彼女はナミに助けを求めるような視線を向けるが、ナミはもうそこにはいなかった。このままでは埒が明かなそうな二人をキッチンに残して、さっさと女部屋に向かってしまった。
「どうかしたかい、キッチンに忘れ物でもした?」
サンジは二人の会話に気付いていない体で話を進める。その会話に自身の名前が出て来た事は気になるが、彼女が言いたくない事ならば深堀りする気にはなれない。
「……うん、忘れ物」
「何を忘れたんだい?」
彼女の忘れ物を探す為に辺りをキョロキョロと見渡すサンジ。彼女はそんなサンジの背中に何かを言い掛けては言葉を飲み込む、その間は短いようで数分の無言にも感じられた。
サンジは自身の手に触れた彼女のぬくもりに気付き、後ろを振り返る。そして、自身の目線よりも随分と下にある彼女の旋毛を見下ろす。
「ナマエちゃん……?」
「……私も、サンジが好きです」
サンジが好きです、その言葉を飲み込む前にサンジは動きを止める。だが、頭の中では彼女とナミの会話が点と点を結び、サンジに主張してくるのだ。
「忘れ物って、まさか」
「まだ間に合う……?」
さっきは驚いて逃げてしまったから、と彼女は頬を赤らめて緊張した面持ちでサンジを見上げる。その顔を真正面から浴びたサンジは口元に手を当てて、口角が勝手に持ち上がるのを隠さなければいけなくなった。早く答え合わせをしなければいけないのに彼女にしっかりと自身の好意が好意として伝わっていた事が何よりも嬉しくて上手い言葉が出てきそうにないサンジ。
「も、もしかして時間切れ……?」
不安げな彼女の背中に腕を回して、自身の方に華奢な体を引き寄せる。
「おれは君の返事ならいつまでも待てるよ」
だから、こんなに早く同じ気持ちが返って来て驚いちまったんだ、とサンジは彼女の不安を取り除くように普段よりも穏やかな声色を意識する。そして、また唯一を呼ぶ声で彼女の名を口にした。おれもナマエちゃんが好きです、と。