短編2
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行きたくない、そう言って彼女は化粧ポーチを置いて膝を抱えてしまう。彼女の周りだけがジメジメとしてキノコの一つでも生えてきそうだ。彼女の心とは裏腹に窓の外は快晴、絶好のお出かけ日和と言える。茹だるような最近の暑さを想像して顔を顰める、この暑さの中を化粧をして歩かなければいけない現実と消えろと願っても無くならない用事に溜息が溢れる。もうスッピンでも許してくれ、と手足を広げて大の字に転がる彼女の上に大きな影が現れる。
「ナマエちゃん大丈夫かい……?」
横にしゃがみ込むとサンジは彼女の散らかった前髪を長い指で整える。その顔は心配そうに彼女を覗き込み、個性的な眉をハの字にしている。
「こんな暑い日に顔にもう一枚、服を着るなんて馬鹿みたいだと思わない?」
サンジは相変わらず暑苦しいカチッとしたシャツとスラックスを着用しているが、やはり暑いのだろう。普段よりも着崩したシャツの隙間からは鍛え抜かれた胸筋が半分顔を出してしまっている。
「なら、おれがお着替えの手伝いをしようか?」
尖った彼女の唇をツンと指で突くとサンジは化粧の手伝いを申し出る。
「……サンジが言うと違う意味に聞こえる」
「っ、くく、あながち間違いじゃねェけど今回はマジだよ」
君に魔法を掛けてあげる、と言ってサンジは彼女のメイクポーチの中からブラシを取り出して魔法使いの杖のようにブラシをくるくると回す。
「用事が無くなる魔法ならいいんだけど」
「残念、この魔法は行きたくない君の背中をちょっとだけ押す魔法だよ。あとは、ほんのちょっとだけ、おれを思い出せる魔法も」
顔を洗い、最低限のケアを施した彼女の肌に触れるサンジの長い指。反対の手にはベースメイクを施す為のパフがある。
「思い出せるってどういう事」
「君が嫌だな、帰りてェなって思ったらおれがいる事を思い出せるようにって」
おれを言い訳にして帰って来てもいいし、おれをタクシーにしてもいい、だからさ、嫌なら帰っておいで、そう言ってサンジは彼女の体を包み込む。
「君は頑張り屋さんだから結局行くんだろうけど別に一人ぐらいさ、逃げ道を用意する奴がいてもいいだろ?」
「……あっま」
「厳しいのは現実とこの暑さだけで十分だよ」
「言えてる」
ジメジメとした空気はいつの間にか無くなっていた。行きたくないと嘆いても用事は燃えもしなければ、消えもしない。だが、一つの絶対があれば心は変わる。自身が逃げても絶対にこの場所で待っていてくれる存在が重い心をふわりと浮かした。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「可愛くして」
そう言って目を閉じた彼女にサンジは勿論と頷き、既に愛らしい自身の唯一に目を細めた。