短編2
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押して、押して、押す、私の恋愛の辞書には引くという言葉は存在していなかった。そのせいであまり恋愛が実った事は無い。引き攣った笑みを向けられてその素敵な口からはノーが言い渡される。君の好きは軽い、と言われたってこの好きだった時間は本物だし、振られたら私だって悲しい。
「そんな事が……」
目の前には私の泣きじゃくった顔に清潔なハンカチを当てながら眉をハの字にしたスーツ姿の男。天使の輪が掛かった金髪を風に靡かせながら、うるうると感情移入したようにその海のような碧眼を揺らしている。
「おれも引き算は苦手なんだ」
「……本当に?」
「だって、恋はいつも突然にやって来て急に去っちまうだろ?待てをしてる時間なんかねェよ」
お互いに分かる、分かると同意しながら固い握手をする二人はこの静かなバーの中ではどこか異質だ。
「恋は突然……」
「ん?」
先程まで島のイケメンを思い浮かべていた頭はもう目の前の男の顔に塗り替えられていた。
「運命は信じるタイプかしら?」
「ん?ん?」
男の膝に手を置いて、顔をグッと男の顔に近付ける。男からしたらきっと驚きだろう、先程までメソメソと自己嫌悪に泣いていた女が急に手の平を返すように自身に色目を使ってくるのだから。
「……えーっと、レディ?酔っ払っちゃった?」
「あなたになら酔ったかも」
「へ、レディ、あの、ちと近すぎねェかな、なんて」
「嫌?」
そう言って男のシャツを握れば、男はブンブンと左右に首を振る。そんなに振り回したら首が取れてしまいそうだ。
「ただ、君がヤケになってるんじゃねェかって……」
私の肩に手を置いてキスしてしまいそうな距離から抜け出す男、それは今までの男達とは違って私を拒絶するものでは無かった。
「おれは男だからどうにでも出来るよ。でも、君は女の子だろ?自分をちゃんと大切にしてくれ、軽く見えたっていい、でも安売りだけはしちゃ駄目だよ」
「……モテないって嘘でしょ」
「はは、本当だよ。おれはいつも追っ掛ける側」
可愛い女の子には逃げられちまう、と肩を竦める男を追い掛けたいと言ったら信じてくれるだろうか。同士だからでもヤケでもない、ただ、恋は突然に訪れるものだからだ。
「名前は?」
一瞬キョトンとした顔をした男は私の耳に顔を近付けて内緒話をするように声を潜めた。
「サンジ、海賊さ」
「海賊」
「海の悪党だよ」
その顔は少しばかり楽しんでいるように見える、私が怯えるかどうかを確かめている顔だ。私はその顔に片手を添えて、椅子から立ち上がる。
「私の名前は明日、船の上で」
「船の上……?」
「あなたを追っ掛けて海賊になったらヤケじゃないって信じてくれる?」
そう言って私は来た時とは違う軽い足取りでその場を後にする。固まった男の顔に投げチューを送り、私はまた新しい恋を始める。今回の恋の行き先は船に乗ってどこに私を連れて行ってくれるのだろうか、海の上で愛を叫ぶ私にどうかノーと言わないでとらしくもなく願うのだった。