短編2
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コックが仲間に入ると言われた時、私一人だけが素直に喜べなかった。今、覚えばレディの反応を第一に見るであろうサンジにバレていないわけがない。きっと、私の微妙に引き攣った笑みの正体も急いで背中に隠した右手の吐きダコにも気付いていた。なのに、サンジは知らないフリをして私の前でへらりと笑った。
「君みたいな美人が海賊ならおれもこの道に来て正解だったな」
「ようこそ、コックさん」
オーバーサイズのシャツの袖から左手を軽く覗かせてサンジと握手をする。枝のような腕が見えてしまわぬように素早くその手を離し、背中に両手を隠す。
「サンジって呼んで、レディ?」
「まだ、そこまであなたに心を開いていないわ」
ただ、距離が近付く事が怖かった。この男には誤魔化せない事がこの時点で分かっていたからだ。
「クールなレディも素敵だ」
「なら、あまり近寄らないで」
馴れ合いは得意じゃないの、とサンジから向けられる好意をはたき落として私はその場から逃げるように立ち去った。
ルフィやゾロ、ウソップは私が食事の場にいなくてもそういうものだと理解していた。最初は理由を聞かれたが人と食べるのが苦手だと言えば無理強いしてくる事は無かった。同性のナミは私の嘘に気付いていた、異様に細い私の体を抱き締めて「死なない程度にしなさいよ」と湿った声で怒鳴ってくれるナミは同性から見ても可愛くてイイ女だった。
「……人と食べるのが苦手なの」
「なら、おれは退散するよ」
これは置いていくけど、そう言ってサンジはバスケットを床に置く。中を見れば皆とは別の胃にも優しいメニュー、ルフィだったら肉を寄越せと暴れそうなメニューだ。
「私なんかに手間を掛けなくていいのに」
「私なんかじゃねェよ、君だからしてるんだ」
「……誰にでも優しい男は嫌われるわよ」
嫌な女だと早く嫌ってくれればいいのにサンジは気付くと隣にいた。毎度、毎度、中身の減らないバスケットを持って私の所に来る。食材の料だって決まっているし島に毎回寄るわけにもいかないのにサンジはやめようとはしなかった。
「ねぇ、サンジ」
心を開いていない、とサンジを遠ざけたのは私だ。そんな私がいきなり名前を呼べば、サンジの指の間からぽろりと煙草が落下する。自身の革靴の上に煙草が落ちているというのにサンジは身動き一つせず、目をまんまるに開いて私の顔を凝視している。私はサンジの革靴の上に落ちた煙草を拾って火を消す、そしてこう口にした。
「あなたの料理する姿を一から見せて」
「は、エッ、おれの料理する姿……?」
「見たらいけないの?」
サンジは勢い良く首を横に振ると私の手を引いてキッチンに向かう、今すぐにとは言っていないがサンジからしたら善は急げという事なのだろう。
その細長い指先が食材に触れる、普段の姿とは掛け離れた真剣な顔につい見惚れてしまう。今まで私が無駄にしてきた料理だってこうやって生まれてきたのだろう、サンジの魔法使いのような手で一つ、一つ丁寧に工程を重ねて出来た料理。
「魔法みたいね」
「はは、でもね、おれはコックだから食べてもらえねェと魔法を掛けられねェんだ」
私の様子をチラリと見たサンジはテーブルに並んだ食器を片付けようとする。だが、私はサンジの手に自身の手を伸ばしてそれを止める。
「ナマエちゃん?」
「今まで失礼な事をしてごめんなさい」
「いや、おれがお節介だっただけで君に非はこれっぽちもねェよ」
サンジはそう言ってくれたが私はそうだとは思えなかった。自身のトラウマから勝手にサンジを悪者に仕立て上げようとしていたのだ、ただコックだというだけで。
「……昔、仲間に毒を盛られた事があるの」
「は、何の為にそんな事……!」
「船に女がいるのは不吉だっていう大昔の迷信を信じてる馬鹿共だったのよ」
それで死にかけてからまともにご飯も食べられない、と肩を竦めればサンジは自身の拳を悔しそうに握る。
「ここの皆と先に出逢いたかったな」
これは私の本心だ、ルフィやゾロやウソップだって口出しはして来ないが時々こちらを心配そうに見ている。そして私の腕を見る度にナミが胸を痛めてる事だって理解している、その度に過去が恨めしく脳裏を過る。
「……君が生きてて良かった」
サンジの腕が私の枝のような体を抱き締める、骨が当たって抱き心地だって最悪であろう体に触れて私が生きている事を確認するようにサンジの手が背中を撫でる。
「ナマエちゃんがいなきゃおれの海賊人生は野郎野郎クソ野郎に囲まれてむさ苦しい悲惨なはじまりだった」
「ふふ、クソ野郎ってゾロ?」
「マリモなんかクソ野郎で十分だ」
そう言って顔を顰めるサンジが面白くて笑っていれば、サンジの手が私の頬を撫でる。
「だからね、君がいてくれておれのはじまりは輝かしいものになったよ。ナマエちゃんは不吉なんかじゃねェ、幸運の女神さ」
目の端に水滴が浮かび上がる、泣くのは体力がいるから嫌いだ。なのに、止め方を知らない子供のように私は泣きじゃくった。サンジのシャツを濡らしたくなくて体を離そうにもサンジはそれを許してはくれない。
「今まで泣けなかったんだろ、君は強ェから」
そう言ってサンジは私を抱き上げて椅子に座る。落ち着かせるように背中をポンポンと撫でながら、私が泣き止むのを待っていてくれるサンジ。
「……サンジ」
「ん?」
「あなたの味で塗り替えてくれる?」
忌々しい過去という毒をサンジに塗り替えて欲しいと思った。もう、食事を怖がらなくて済むように。
「あァ、君に最高のメインディッシュを贈るよ」
キッチンに入ってから密かに震えていた私の手はもう震えてはいなかった、頼りない枝のような腕をサンジの首に回し、私は安心したように微笑むのだった。