短編2
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雨でパンプスの中まで濡れている、その不快感に私の気持ちはまた下を向く。くたりと下がった視線は濡れた地面に落ち、水溜りには冴えない顔をした私が映った。今日は朝からツイていなかった、テレビから流れる星座占いから始まり、寄ったコンビニではビニール傘が盗まれた。そして同行した仕事では先方のミスで予定よりも二時間の遅れが発生し、折角取り付けたサンジとのデートは中止になった。ミスは誰にでもあるから仕方ない、と自身に言い聞かせながらサンジに断りのメッセージを送った。折角の七夕デートはただの残業デーに姿を変えてしまった。椅子に座り、PCのモニターと書類とを行き来しながら同時に別の作業を済ませる。デスクに突っ伏して泣きたい気持ちを押し殺しながらキーボードを叩いていると無意識に溜息が溢れる。幸せが逃げちまうよ、そう言って私の溜息を食べてくれる恋人に逢いたくて仕方ない。
完成させた書類の束と溜息の数が同じになりそうな頃、私はやっと仕事から解放された。未だに乾いていないパンプスの中敷きに顔を顰めながら会社を出る。ぽつり、ぽつりと地面を濡らす雨は未だに止んでいない。
「は、待って……」
なのに、何でこの男は傘一本でこんな所にいるのだろうか。湿気のせいで普段よりもフワフワな金髪を揺らして私の名前を呼ぶサンジ、傘をさしていない方の手をブンブン振って此方に近付いてくる。
「本物……?」
「はは、偽物がいるの?」
「だって、連絡したじゃない」
サンジは頷くと私の頭をくしゃりと撫でる。
「今日は災難だったね、お疲れ様」
向こうに車を停めたんだ、そう言ってサンジはコインパーキングを指差す。私の腰に腕を回すとサンジは傘の中に私を招いて、ゆっくりと歩き出す。
車までエスコートされた私はサンジの車の助手席で趣味の良い洋楽を聞きながら運転席に視線を向ける。
「なぁに、まだ偽物だって疑ってるのかい?」
「……いいえ、ただ来てくれると思ってなくて」
先程まで織姫と彦星のようだと思っていたのだ、雨だと会う事が出来ない二人に自身を重ねていた。
「催涙雨って知ってる?」
「織姫と彦星が雨で会えなくて流した涙よね?」
「あれって諸説あるらしくてさ、時間帯でも変わるんだって」
七夕の朝に降る雨は会えなかった一年分の嘆きの涙、昼から夕方に降る雨は再会した喜びの涙、そして夜から明け方に降る雨は別れの悲しみの涙。
「今日一日、君が泣いているような気がして落ち着かなかった。いらない世話だったかもしれねェけどさ、君の涙は見たくねェんだ」
「サンジにはお見通しなのね」
何でも、そう言ってタイミングよく赤信号で停車した車の中でサンジの左手の上に自身の手を重ねた。
「何でも隠しちまうミステリアスな恋人がいるからね」
「ふふ、私の事?」
「……ってのは冗談でさ、おれが君に会いたかったんだ」
一年とは言わず一日も待てが出来ないおれは彦星になんてなれねェよ、そう言うとサンジは私に覆い被さるようにキスをした。赤信号が点滅し出すまでこのキスは終わらなかった。
催涙雨は上がり、空には控えめに星が並ぶ。窓の空を見つめながら私は幸せを願う、あの二人も合流出来ますように、と。