短編2
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「君を好きでいるの疲れちゃった」
「……は」
この時、サンジを追い掛けていたら何かが変わったのだろうか。私達が別れる事もサンジが一味の前から消えてしまう事もきっと無かったのだろう。夢であるオールブルーを諦めてまでサンジは何を求めていたのか、サンジがいなくなって数年が経った今でも答えは出ない。その答えを探す為に私は今日も包丁を握り、フライパンを振る。料理中のサンジを一番見ていたのは私だ、隠し撮りをするように瞼の裏に何度も焼き付けていた。永遠を信じていなかったわけではない、ただその姿を見るのが好きだった。繊細な作業をするその手、縦結びになってしまっているエプロンの紐、仲間の美味しいを聞く度に下がる目尻。そんなワンシーンを切り取るように心のシャッターを押していた。今はそのワンシーンを掻き集めて自身の心を誤魔化す、寂しさも辛さもきっとあの日から無くなる事はない。
サンジに似た人間を島で見つけた、そう言ったのはルフィだった。後ろ姿が似た人間ならいくらでもいる、この数年で私は何十回と背格好が似ている男の背中を追い掛けてはその度に勝手に裏切られたような気持ちになって船に引き返した。
「ナマエ、お前が見つけてやれ」
「それは船長命令かしら?」
「あぁ」
普段とは違うルフィの真剣な声、ルフィはもう海賊王になれる強さも器も持っている。この海でルフィに勝てる海賊なんてもう存在していないだろう、それでもルフィはサンジがいないのなら海賊王にならないと私達に言った。その男が私に言ったのだ、お前が見つけてやれ、と。
船長命令だと自身に言い聞かせたのはそうしなければ泣いてしまいそうだったからだ。今だって平然を装って島を歩いているが金髪を見れば歩幅は大きくなるし、スーツ姿の男を見掛けたら後を追い掛けてしまう。だが、私の足を止めたのは見知った香りだった。煙草の匂い、彼の腕に包まれる時はいつもこの香りがしていた。
「……サンジ」
「なぁに、ナマエちゃん」
酷い視界だ、現在のサンジを見たくて見たくて堪らないのに私の瞳からはボタボタと涙が零れ落ちて視界不良を起こしている。
「綺麗になったね」
サンジの細長い指が私の目尻に溜まった涙を拭う。昔と何一つ変わっていないサンジは数年前を昨日のようにしてしまう。金髪は伸びて一纏めにされているがスーツの趣味もその鍛えられた身体も私に愛を謳っていた頃と変わらない。
「……何でいなくなったの」
「言っただろ、疲れたって」
「サンジが嘘を吐く時はいつもポケットの中に手を入れるの。私ね、本当はその癖もサンジが何かに悩んでいた事も知っていたわ。でも、永遠だって思っていたの。サンジはずっと私と一緒だって、馬鹿みたいだけど信じてたの」
自身の気持ちを押し殺すように強く握られたその手、短いサンジの爪がサンジの白肌にめり込む。
「君には何でもお見通しかい」
「お見通しだったら直ぐにあなたを見つけたわ」
「はは、確かに」
「今回だってルフィが見つけたの、でもね、私に見つけて来いって言ってくれたのよ」
流石我らの船長サマ、と茶化すサンジの声は今にも泣き出してしまいそうだった。そんなサンジの背中に腕を伸ばして私は涙を隠してあげるように抱き締める。
「ねぇ、もう家出は終わりにして帰って来て」
「……もう戦闘で役に立たないかもよ?」
「嘘、この体はまだ戦えるでしょ」
触れば分かる、この体はまだ海賊を諦めていない。海賊王の双翼として羽ばたけるだけの力を持っている。
「もう新しいコックだっているだろ」
「あなたの真似をしてもルフィがあなたの味と違うって騒ぐのよ、レディにイチャモンを付けるなってあなたから叱って」
「……君をいつか傷付けるかもしれねェよ」
ワノ国でレイドスーツを着てから段々と体がおかしくなっていったんだ、あのクソみてェな名前を捨てた筈なのに今更、体だけが適応していく、とサンジは自嘲的な笑みを浮かべる。
「私を傷付けたらビンタ一回ね、それでおあいこ」
「ビンタって」
「だって、また家出されたら堪らないもの。喧嘩両成敗って言うし」
サンジはポカンと口を開けて私を見つめる。この女は何を言っているのだろう、という困惑がありありと感じられる。
「だって、そこにあなたの意思はないじゃない」
「おれの意思……」
「傷付けるぐらいだったら消える方を選ぶあなたはジェルマなんかじゃないわ、それに体がおかしくなったって言うけどうちにはゴム人間もロボも骨もいるのよ?サンジなんてまだ序の口よ」
この一味はほぼサーカス集団、と私が肩を竦めればサンジは泣き笑いのような表情で声を上げて笑った。そして、私の肩に顔を埋めてサンジは二度目の誓いをする。
「……っ、君とオールブルーを見つけてェ」
サンジの後ろから走ってくる数人の足音に私はニヤリと口角をあげる、ルフィの伸びた腕は私ごとサンジを抱き締めてお決まりの台詞をこぼす。
「サンジ!はらへった!」
眩しそうに目を細めるサンジの視線の先には数年前と同じように多種多様の見た目をした仲間達がいるのだった。