短編2
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大人になると体調不良は訴えるものではなく、隠すものになる。集団生活をしていたら感染リスクに考慮して体調不良を訴えるのも確かに大事だが風邪程度であれば勘違いだと自身すら騙して日常を過ごす方が利口だ。それに二、三日もすれば回復するのだから騒ぎ立てるのも馬鹿らしい。
「(……その予定だったんだけど)」
連日の戦闘で疲弊していたせいか普段よりも回復に時間が掛かっている自身の体は体調を崩してから今日で四日が経ってしまった。日に日に悪化しているような気配をひしひしと感じながら、どうにか隠しているが隠すのも時間の問題だろう。
はあ、はあ、と苦しげな息を吐きながらチョッパーの所から内緒で拝借した体温計を脇に挟む。女部屋で測るわけにもいかず、冷えた甲板でブランケットに包まれながら体温計が体温を知らせるのを待つ。ピピッ、という軽快な音とは裏腹に表示された体温は見ただけで体調が悪化するような数字だった。
「……もう、むり」
明日の朝にでも見つけてくれ、そんな思いで甲板に倒れ込もうとした体は誰かの腕によって支えられる。
「やっと言った」
「……サンジ?」
いつから其処にいたのか、いつから私の不調に気付いていたのか、聞きたい事は山程ある筈なのに熱で茹だった私の脳はこれ以上は無理と音を上げた。サンジの手が私の額に触れ、ひんやりとした手が心地良くて私はゆっくりと目を閉じる。そんな柔な体をしているわけではないのにこのまま死んでしまうのではないかという漠然とした不安に駆られる、心地の良いサンジの手と無意識に落ちていく意識の狭間で私は闇に落ちていく。
いつもとは違う緊張感のある静寂、消毒液の独特な香りが漂うこの空間に私は自身に起きた不調を思い出す。そして、白いシーツに散らばったブロンド。その持ち主であるサンジは私の手を握ったまま船を漕いでいる。サンジ、と出した声は掠れて自身の元とは思えない程に酷い声をしていた。
「…… ナマエちゃん」
掠れて空気が漏れ出すような声でもサンジにはちゃんと届くらしい、起き上がろうとする私を抑止したサンジは今の状況を分かりやすく説明してくれる。どうやら、私は数日眠っていたそうだ。風邪の菌が悪さをしていたらしく、肺炎になりかけていたという。
「ごめんなさい」
「一応確認するけどさ、何に対して?」
サンジの声がピリついたのが分かった、私は何か間違った事を言っただろうか。
「迷惑を掛けたでしょ、あなただって忙しいのに……」
そう言って恐る恐るサンジの顔を見上げれば、その顔は苦しげに歪んでいた。悔しそうとも悲しそうとも取れるそんな表情だ。何でそんな顔をするの、と口にしようとして喉を震わせたがサンジの表情に言葉が出なかった。
「おれはずっと気付いてた、君が本調子じゃない事も君が隠そうとしていた事も全部、全部だ!でも、君が頼ってくれるのを待ってた。君が自分から言ってきてくれるのを期待したんだ、だって、おれから手を伸ばしたら君は一生、自分から人に頼る事を知らずに生きていく事になるだろ?」
怒号とは違った静かな怒り、サンジの必死の訴えに私は上手く言葉が返せない。だって、今更どうしていいか分からないのだ。今回は運が悪く拗らせてしまったが所詮ただの風邪だ、その度に助けてくれと苦しいとサンジの手を煩わせるわけにはいかない。
「あのね、ナマエちゃん。おれ達は守り守られるべき関係なんだ」
「……守り守られるべき関係」
「仲間だから、出来ない事は出来る奴がやればいい。その時に苦しんで助けてもらったなら別の時に助けてやればいい。それにさ、おれは君の何?」
こいびと、と口にすればサンジの手が私の頭を撫でる。
「ん、正解。だからさ、他の奴に頼れなくてもおれには教えてよ。ここが痛ェってここが苦しいってちゃんと言って、それでおれにちゃんと心配させて」
「……痛い、胸がね、ぎゅっとするの。こんなに想ってくれてたのに、ごめんなさい……っ、サンジ、ごめん」
目から大粒の涙が溢れ、頬を伝って枕を濡らす。サンジは私の目尻を指で拭うと眉を下げて笑った。
「こんなこと、もう二度とごめんだよ」
「……えぇ」
「それに君に避けられるのもね」
私の土砂降りにあったような顔に口付けを落としながらサンジはそう口にした。避けたフリをしたのはきっとこうなる事を分かっていたからだ、不調を訴えた体でもサンジの愛だけはいつだって変わらずに理解していた。