短編2
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口を開けば、可愛いね、天使、女神とあらゆる褒め言葉が私に降り掛かってくる。それを鬱陶しいとは思わないが自身とは無縁な言葉の羅列に少しだけ肩身が狭くなる。私なんかの為にサンジの優しさを消費しなくていいのに、と。サンジのポリシーや美学も理解しているが自身に向けられる言葉だけは理解出来なかった。それは文化の違いもある、私は元々こちらの人間では無かった。県や国、そんな小さなレベルじゃない大冒険を現在進行系でしている。目覚めたら大海賊時代に異世界トリップ、まるでラノベだ。拾われたのがこの海賊団では無かったら間違いなくヒューマンショップに売り飛ばされるか、人体実験の餌食になっていただろう。この世界は漫画で見ていた表の明るさだけでは回っていない、巻を進めるごとに垣間見えたこの世界の闇は当たり前のように存在している。私に優しく接してくれるサンジの過去だって私は知ってしまっている、一方的に覗いてしまった過去が頭を過ぎる度に謝罪を口にしてしまいそうになる。
「ナマエちゃん?」
「へ」
「今日のおやつは君の口には合わなかったかな」
目の前の皿には一口だけしか食べられていないケーキが悲しそうに置かれている、こちらを覗くサンジも似たような表情で私の反応を待っている。私は首を左右に振り、サンジの心配を払拭しようと下手くそな食レポをしながらケーキを食べ進める。口の中に拡がるこの美味しさは私の拙く貧相な語彙では表せない程だ。きっと、この世界に来なければ出会えなかった。
「ふふ、ここ付いてる」
サンジは自身の口元を指差して、くすりと笑った。私は慌てて自身の口元を拭うが取れた気がしない。
「残念、こっち」
「あ」
サンジの指が私の口元からクリームを掬い取る、ぺろりと覗いたサンジの舌先がクリームを舐め取る。行儀が悪くて悪ィ、と眉を下げて笑うサンジはやっぱり二次元じみてて次元の違いをひしひしと感じる。なんだか、それが少しだけ寂しかった。
「それで何かお悩み事かい」
「ただ、向こうを思い出してたの」
「……帰りたくなっちまった?」
その逆だ、無縁な言葉にその気になってしまったのだ。この優しい人に恋してしまった罪。サンジが私を天使と言うのなら私が元の世界に飛び立つ為の天使の羽根はきっと罪の代償として抜け落ちてしまったのだろう。
「羽根が無いから無理ね」
手を羽根のようにパタパタと揺らして茶化すように笑う私の横に座り、サンジは静かに言葉を続ける。
「レディに尽くすのが好きなんだ」
「今更、なぁに?」
「だが、君にはそれだけじゃない」
どういう意味、と口を出す前にサンジの腕が私の背中に回る。
「ここに君を留めるのに必死なんだ、天使と言いながら君が人間な事に安心してる」
勝手に飛んで行ったりしねェで、とサンジは私の何も生えていない肩甲骨を指で撫でながらまるで祈る様に言葉を口にする。
「もし、いなくなっても探してくれる?」
次元を越える事なんて簡単には出来やしない、いつ戻ってしまうのかも分からない状態でこんな無責任な事を頼む私はやはり天使じゃいられない。
「約束するよ」
「……そんな約束して大丈夫かしら」
「おれは出来る約束しかしねェ男だよ」
だから、君はもうそろそろこの手を取ってもいいんじゃねェかな、と私に手を差し伸べるサンジ。
「恋なんて知らなければ良かった」
そうしたら私にはまだ帰り道があった筈なのに。帰り道とサンジ、二つを天秤に掛けるように私はその手に触れた。