短編2
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某有名なネズミのカップルに青い猫型ロボット、アニメや漫画に触れていなくても全国民が名を知っているキャラクターは他にも沢山いる。きっと、私の家のリビングに落ちてきたブロンドの彼だってそうだ。麦わら帽子が特徴的な全身ゴム人間の青年の仲間である眉毛がぐるんと巻いた女好きのコックさん。連勤から来る疲れのせいで見た幻覚かとも思ったがどうやらそうでは無さそうだ、日本人離れしたブロンドもウィッグではなく地毛だった。そして、この眉毛だって冗談のような形をしているのに妙にしっくりくる。
「おれに見惚れてた?」
そう言って瞳にハートを浮かべる芸当だって現代の人間にはきっと出来ない、その細長い指先の間に挟まれた煙草の先からはもくもくとハートの煙がアーティスティックに飛び出してくる。一日、一週間、二週間、一ヶ月、この男が私の暮らしに馴染めば馴染む程、非日常感が増す。そして、私の夢思考のネジがどんどんと外れていく。
「(逆トリップして来いとは思ってたけど……)」
だが、誰も現実になるとは思わないだろう。夢は見るが現実だってしっかりと理解していたのだ、トリップも逆トリップも都合の良い二次創作の中だけだと内心ではちゃんと分かっていた。なのに私が恋した相手は次元すら味方に付けてレディに会いに来てしまうような男だったらしい。
「ナマエちゃん?」
ボーっと非現実的な光景を眺めていれば、サンジがこちらに歩いて来る。そして、私の目の下を指の腹でなぞると特徴的な眉をハの字に下げる。
「仕事、大変なのかい?」
逆トリップして来た相手を置いて仕事に行く事に多少の不安と申し訳無さがあるが仕方の無い事なのだ。いつ、サンジが元の世界に戻れるかすら分からないのに有休を取るわけにはいかない。
「んーん、今は繁忙期でも無いから大丈夫よ。それに今はサンジがご飯作って待っててくれるし助かってるの」
「おれは好きでやってるだけだよ」
そう言ってサンジは今日も私の為だけに夕飯を用意してくれている。何度も先に食べてていいと言っているのにサンジはこうやって私が帰宅するのを待っててくれる。
「今日も待っててくれたの?」
「今日はね、隠し味が必要だったんだ」
「隠し味?」
「君と食うっていうスパイス」
なにそれ、と二人でくすくすと笑いながら皿をテーブルに運ぶ。サンジが来てから部屋が明るくなった、ライトは前と変わらないのにパッと温かな光が狭くも広くも無いこの部屋を照らしているようだ。
「(ずっと、いて)」
言えない、言ってはいけない本音をサンジの美味しいご飯と一緒に飲み込む。サンジが本当に食べさせたい相手は考えなくても分かっている、寝室に置いてあるダンボールの中に答えが詰まっている。サンジに見つからないようにまとめた単行本の中で笑う彼らだ。そして、結局、私は読者でしかない。
食後に二人で並んで洗い物をするのがいつの間にか決まりになっていた、サンジは私の手が荒れてしまわないかオロオロしているが以前は一から十まで自身の手でやっていたのだ。今の十だけの現状は私を甘やかすからいけない。
「これだけは譲りません」
「……はい」
納得いっていないサンジの返事がツボで私はお皿をスポンジで洗いながらくすくすと肩を揺らす。頭二つ分上にあるサンジの顔は勘違いしてしまいそうな程に優しい。愛おしい、その言葉はきっとサンジに使われる為にあるのだろう。
「ねェ、ナマエちゃん」
「ん?」
「……今から酷い事、言っていいかい?」
「なぁに」
見上げた先にあるサンジの顔は先程とは違って真剣そのものだった。
「おれのタイムリミットはきっと明日だと思う」
何かそんな感じがするんだよね、とサンジはお皿の泡を丁寧に流しながらそう口にする。私は何も返す事が出来ずに流れていく泡をただただ見つめる。
「……それでこっちが本題なんだけど、」
サンジは泡に塗れた私の手を包み込むように握る、大きな手はすっぽりと私の手を隠してしまう。だが、私はサンジの言葉を遮るようにその手から逃げ出す。
「……ナミさんやロビンさんがいるでしょ、女好きのサンジくん」
きっと、その続きは私でなくても成立する。たまたま此処に落ちて保護されたからって勘違いをしてはいけない、サンジのその気持ちは恋や愛ではない。
「君は間違いだと思う?」
「えぇ、だって一ヶ月よ」
「時間は関係ねェよ、レディ」
人を好きになるのに時間も難しい理屈も必要ねェ、そう言ってサンジは私の顔を覗き込むように屈むと穏やかな笑みを浮かべる。
「君を世界から奪うにはどうすればいい?」
「世界って、そんな……」
「大袈裟に聞こえる?」
だけど、おれの好きは君から全てを奪うって事だからさ、と口にするサンジ。自身と同じ種類の好きに喜んでいいのか、サンジが言うようにこの世界を捨てる覚悟と向き合えばいいのか、今の私は行ったり来たり二つの考えに振り回されている。
「その時はさ、おれを悪者にしていいよ」
「へ………?」
「君がこの手を取ってくれるなら」
おれは海賊らしく君を攫う、君は海賊に連れ去られた可哀想なレディだ、君の責任も後悔もおれが奪ってあげる、略奪は海賊の専売特許だからね、とサンジは言う。お互いの手からは水がポタポタと溢れる、サンジは床を濡らさないように自身の手を布巾で拭くと乾いたばかりの手で私の冷えた手を同じように拭く。やけに丁寧なその手付きを見つめながら、私はサンジの言葉を自身の中で噛み砕く。
「……海賊、出来るかな」
「おれが守るよ」
「……私、何が出来るかな」
「自己評価が相変わらず低いね」
君は何にだってなれるし、何でも器用にこなすのに評価がそれに見合ってねェ、とサンジは口を尖らす。
「ふふ、過大評価し過ぎよ」
「君が評価しない分、おれが君を認めてやりてェの」
サンジの手が私の頬に添えられる。目を逸らそうにも真っ直ぐな碧眼に捕まってしまえば、私の視線の逃げ場はなくなる。
「もう十分、貰ったわ」
これ以上は貰えないと続く筈だった言葉は舌に乗り切る前に消えた、ノーが言えないのが日本人だと言うがそれにどうやら私も含まれていたらしい。頬を撫でる手の優しさに絆される程、子供でも無ければ、その手を振り払える程、大人にはなりきれない。
「この手が好きだった」
「っ、くく、過去形かい?」
「今は私を攫う手だもの」
「そうだよ、今か今かって君を攫うのを待ち侘びている手だ」
サンジの手は言葉とは裏腹に私を乱暴に攫ったりはしない、ただ、私がその手を掴むのを待ってくれている。
「ねェ、サンジ」
「ん?」
「私の武器は何がいいかな」
そんな気の早い台詞と一緒にサンジの胸に飛び付いた私は共犯者。あっちに行ったら仁王立ちのオレンジヘアの美人に二人で懺悔でもしようか、私達の罪は互いを愛してしまった事だ、と。