短編2
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汗が滲んだシャツを洗濯かごに投げ入れて新しいシャツに袖を通す、悪夢を引き摺ったままではベッドルームに戻る気すら起きない。ひやりとした洗面所の床に座り込み、スマートフォンを開いてSNSに目を通した所でこんな深夜に投稿している友達は見つからず、最後に見た投稿から画面をスクロールしてみても同じタイムラインのままだ。脳内では未だに悪夢の上映会が行われ、私のメンタルを確実に削って行く。これをただの夢と割り切る事が出来れば良かったのだが夢というにはリアル過ぎたのだ。その切なく揺れる碧眼も水仕事でカサついた指先の感触も煙草と香水の匂いに紛れる体臭も全部、実際の恋人と丸っきり同じだった。
「……サンジ」
違うのは私の手を振り払って背を向けた事だけだ、そして私の足はコンクリートに埋まってしまったかのように動かず、その背を追い掛ける事すら出来なかった。待って、と伸ばした手はサンジのジャケットを掴む事すら出来ずに宙を掴んだ。全く面白くない夢だ、寝る前にサンジへの返信を怠った罰だろうか。蔑ろにしているつもりはないがサンジの大き過ぎる愛に見合った愛を返せている自信はない、現実のサンジもいつか私の手を振り払って遠くに行ってしまうのだろうか。削られたメンタルは上げ時を失ってしまったのか、負の要素を拾い集めどんどんと下を向いてしまう。それに合わせるかのように私の視線も床に落ちて、目を瞑る。
今日はここで眠ってしまうのもアリかもしれない、丁度良く頭が冷えそうだと膝を抱え直す私の考えを否定するようにスマートフォンが着信を知らせる。着信画面には脳内で絶賛上映中の悪夢の登場人物の名前が表示されている。
「……はい」
「もしもし、ナマエちゃん?遅い時間にごめんね」
「んーん、大丈夫よ。でも、こんな時間にどうしたの?」
普段よりも何トーンか上げた声は不自然に自身の耳には届く、第一声から失敗してしまったようだ。
「君が泣いている気がして目が覚めた」
「……夜泣きする年じゃないわよ」
そんな冗談を口にしなければ本当に泣き出してしまいそうで、下唇をグッと噛みながら泣きたい衝動を我慢する。
「何もねェならそれが一番だけどさ、おれの前では無理に笑わねェでいいんだよ」
「涙の落ちる音でも聞いた?」
以前、サンジは女の涙の落ちる音が聞こえると言っていた。涙の発生源が遠くても聞こえるというから驚いたものだが、夢の中で溢した涙の音も聞こえるのだろうか。
「あァ、そうかも」
君は隠すのが上手だから人一倍耳をすませねェと見逃しちまうんだ、そう言って電話越しにサンジは笑う。
「……夢を見ただけなの」
「怖い夢だった?」
サンジが、と口にした途端、サンジの声が一段と低くなる。
「……夢のおれは君に何か余計な事を言ったんだね」
夢とはいえ、サンジにとったら自分自身が原因で女が傷付いているのが許せないのだろう、夢の中の自身に舌打ちをするサンジ。
「ったく、余計な事を」
電話越しのサンジはきっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。
「ちゃんと夢だと分かっているの、ただ、少しだけあなたの匂いや手の感触がリアルでどうしていいか分からなかったの。サンジが私をいらないって言う筈ないのに、私おかしいわよね」
悪夢を笑い話に昇華出来ればいいのに、と私は一人場違いにあははと笑ってみせるが返ってくるのは笑いではなく、カチャカチャと何かがぶつかる音だ。
「何の音?」
「五分だ」
君を救うまでの時間とでも言っておこうか、とサンジは口にする。サンジの後ろでは静寂に風の音が混ざる。彼が現在、外にいる事を私に知らせる。
「……助けて、サンジ」
「夢じゃなくてここにいる君のサンジを信じて」
おれには君が必要だ、とサンジの甘い声が耳を伝って冷えた心を包み込む。約束通り、五分後には寝癖をつけたヒーローが私を文字通り包み込むのだろう。