短編2
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サンジさんはレディに滅法弱い、叱る事すらまともに出来ない。本人はもう性分だと開き直り、レディは褒めて伸ばす方が綺麗に咲く、と言い出す始末だ。そんなサンジさんの性分のお陰で私はどうにかこうにか慣れない業務をこなせている、一つを覚えれば百の称賛が返ってくる職場なんてきっと此処だけだろう。だが、そんなサンジさんの優しさに胡座をかく気はない。男所帯の中で女の私が出来る事は限られているが女だからこそ気付ける事は沢山ある。
「流石ナマエちゃん、上出来」
「いやいや」
身の程に合わない褒め言葉に恐縮してしまう、いつまで経ってもサンジさんからの大袈裟な称賛には慣れそうにない。
「あれ、信じてねェ?」
「私には効きませんからね、そんな顔しても」
「っ、くく、残念♡」
見た目と言動から漂う遊び人オーラ、こんな小娘にそんな色仕掛けをした所でサンジさんには何の得もないのに意味が分からない。
「(……何で構うんだろ)」
サンジさんはきっとこう答えるのだろう。君がレディだからだ、と。なら、もう一人女の従業員を雇ったら私は用無しになるのだろうか。そんな事を考えている時点で私はサンジさんの罠に引っ掛かっているのだ、何が効きませんだ、見事に命中しているというのに。
「ナマエちゃん?」
サンジさんが私の顔を覗き込み、心配そうに特徴的な眉毛を下げる。
「だ、大丈夫です!」
半ば逃げるようにその場を後にして私は自身の持ち場に戻った。
サンジさんに構われ、絡まれ、私は日々平和じゃない日常を過ごしている。気まぐれな猫のように絡んでくる日もあれば、構って、構ってと犬のように私に尻尾を振ってくる日もある。狼狽える姿を見せたくなくて業務時間外での接触を避けてしまっている。お疲れ様でした、と足早に店を出て駅までの最短ルートを歩く。こんな薄暗い道を毎晩通っているとサンジさんに知られたら確実に毎晩送迎コースだ、恋人でもない人にそこまでしてもらう義理も無ければ、オーナーの車の助手席に座る意気地も無い。
「ナマエさんだよね」
「え?」
突然後ろから手をグッと引かれる、大して意味を成していない街灯が男の顔を照らす。あ、と思った時にはその男に抱き締められていた。血の気が引くというのはこういう事を言うのだろうか。男女の力の差を思い知らされ、離れる事も出来ない。
「ちょ、やめてください!ねぇ!」
男は先程からブツブツと何かを口にしている。男の言葉を掻い摘めば店に立つ私に一目惚れをし、毎日こうやって機会を伺っていたらしい。確かにこの男を知っている、店の常連だ。
「いつも、いつも俺達の仲を邪魔してくるあの金髪は誰なのかな」
どんな仲だ、と噛み付きたくなるのを抑えながら男の言っている金髪を思い浮かべながら必死に泣かないように唇を噛む。
「その金髪はナマエちゃんの恋人になる男だ、ばーか」
気付いた時には私の前に男は倒れていた、あまりにも呆気無い終わり方に私はその男と男を蹴り飛ばした人の顔を交互に見つめる。倒れた男の頭の上には見知った長い足が置かれている。
「サンジさん?」
サンジさんは私の頭をポンポンと撫でながら何処かに電話を掛ける、話の内容的に警察だろうか。半ば放心状態の私はサンジさんに後処理を任せて、雛鳥のようにサンジさんのジャケットの端を握りながら後ろをついて回る。
警察署からの帰り道、サンジさんは黙って私の家まで車を走らせる。車というプライベート空間のせいか普段よりも濃い煙草の香りに酔ってしまいそうだ。
「……悪かった」
警察を呼び、放心状態の私を連れて面倒な手続きまでしてくれたサンジさん。何故こんなにも思い詰めたような顔をしているのだろうか、それに感謝はすれど責める気持ちなんて一切ない。
「助けてくれたじゃないですか」
「遅ェって怒っていいよ、君にはその権利がある」
「……恋人になる女だから?」
恋人になる男、助けて貰った際にサンジさんが言っていた言葉だ。あの一瞬の気まぐれだろうか。それとも、ヒーローの決め台詞のようなノリか。
「そうだよ、今は逃げられてるけど」
「……バレてたんですか」
「っ、くく、君って分かりやすいよね」
だから、構い過ぎちまうんだけど、と反省していないような返事が返ってくる。
「私の他に女の子の従業員が入って来たらそっちにデレデレするんでしょ」
「バラティエはレディを採用しねェって噂知ってる?」
噂は噂だ、だって私は採用されてここに居る。コネなんてものは無いし女の部分を使って採用されたわけでも無い。
「レディに厳しくなんて出来ねェからさ、初めから採らねェ事にしてたんだ」
「……私は女に見えませんでしたか?」
「チャンスだと思った」
チャンスとはどういう事だろうか。私はサンジさんが言っている言葉の意味が分からず、首を傾げる。
「年若ェお客様に一目惚れしたんだよ」
サンジさんはマンションの前に車を停めて、ハンドルに頭を預けてこちらに視線を向ける。
「いつも幸せそうに飯を食ってくれる愛しのレディが働きたいって面接を受けに来たんだ。私情を挟んだのは褒められた事じゃねェけどさ、おれには最後のチャンスだったんだ。君の名前を知れるチャンス」
「付き合うチャンスじゃなくて?」
「流石に下心が過ぎるだろ、オッサンが若ェお嬢さんに片思いってだけでキツいのに付き合えるだなんて夢みてェなことあるわけねェもん」
だから、さっきの言葉も気にしねェでいいから、とサンジさんは勝手に私を諦めようとする。こういう時ばかり大人のフリをするサンジさんが気に入らない。
「その気にしたんだから責任取ってくださいよ」
「へ」
ネクタイを自身の方に引っ張り、未だに状況を理解出来ていないサンジさんの唇に噛み付いた。
「恋人にするチャンスは明日まで」
そう言って言い逃げをするようにサンジさんの車から降りる。背後から私の名を呼ぶサンジさんの焦った声が聞こえるがこのキスシーンの結末は明日の業務時間外に分かる筈だ。