短編2
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この時期となれば、もう外は明るい。朝特有の空気の香りを感じながら重い体を引き摺るように駅までの道を歩く。バッグの中でポーチの下敷きになっていたスマートフォンを取り出してメッセージアプリを開けば、数分前に一件のメッセージが来ていた。相手の名前を見なくても送り主なんて一人しかいない、こんな朝早くからメッセージを寄越してくるのは過保護な恋人ぐらいだ。
『お疲れ様、朝飯用意して待ってるね』
サンジのメッセージは至ってシンプルだ、付き合う前はハートマークまみれのカラフルなメッセージを想像していたが実際はシンプルなものしか送られてこない。そして、ハートマークの代わりに付いているのはサンジの気遣いと蜜のように甘く綴られた文章だけだ。
来た電車に乗り込み、窓際に立つ。そして、見慣れた景色をボーッと眺めながら電車に揺られる。帰宅する私と今から出勤するスーツ姿のサラリーマン数人を乗せて電車はガタン、ゴトンと音を鳴らす。眠気は不思議とやって来ない、家に帰ればサンジの作ったご飯があると思えばこの数十分の電車通勤も苦では無くなる。
最寄り駅から徒歩十分程度のマンションが私達の愛の巣だ、愛の巣だなんて人に言えば笑われてしまうかもしれないが私にとっては間違いなく愛の巣なのだ。息を吸える場所とでも言えばいいのか、疲れた体を安心して休ませる事が出来る場所。先程まで足取りは重く、半ば無理矢理に足を動かしていたのにマンションのエントランスを抜けてからはキビキビと足が動く。エレベーターで階を選択し、上に表示される数字をジッと見つめる。その数字がお目当ての階に近付いた途端に心はフワッと軽くなる、誰かが家で自身の帰りを待っていてくれるというだけで救われる命もある。そして、今日もまた私はサンジに救われている。
「ただいま」
時間に考慮して声のボリュームを最小に絞って中に入る。そうすれば揃いのルームウェア姿のサンジが私を抱き締める。
「おかえり、ナマエちゃん」
今日もよく頑張りました、と私の頬を指でなぞるサンジ。クルクルとダンスを踊るように指先が花丸を描く。
「今日の私は何点?」
「勿論百点、だけど可愛すぎるからプラス千点」
「加点が狂ってるわよ」
そんなバカップルなやりとりをしてる間にもサンジの気遣いは止まらない。バッグにジャケット、その全てはサンジの左手に収まり、右手は私の手を引く。
「自分で持っていくのに」
「いいの、君はおれを運んで」
誘導しているのはサンジなのに運んでなんておかしな事を言う。くすくすとサンジの背後で肩を揺らしていれば柔らかく弧を描いたサンジの片目が私を捉える。
「今日は元気そうで安心した」
「さっきまではボロボロだったのよ、だけど、」
「だけど?」
「あなたが待っててくれるって分かったら安心しちゃった」
この左手のぬくもりも煙草の匂いがふわっと香る室内もキッチンから漂う温かな料理の匂いも全部、私を回復させる為に無くてはならないものだ。
「……」
「サンジ?」
荷物を持ったままの左手の甲でサンジは自身の口元を隠す。
「……変な顔してるから見ねェで」
見ないでと言われたら見たくなるのが人間だ。私はサンジの前に回り込み、サンジの顔を見上げる。
「ふふ、真っ赤ね」
「……見ねェでって言ったのに」
年上とは思えない不貞腐れた表情につい笑ってしまう、こういう気の抜けるような表情が私の安心に繋がっている事をサンジは分かっているのだろうか。サンジは一つ溜息をつくと私の頭をくしゃりと撫でて、こう口にした。
「そんな可愛い顔されちゃ許しちまうよ、レディ」
「どんな顔?」
「心底、安心してるって顔」
「だって、ここは愛の巣だもの」
羽根を休める場所はマンションの一室ではなく、この愛情深い恋人の腕の中。明日の私がちゃんと羽ばたけるように、この海のような愛情に潜り込むのだった。