短編2
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私には以前の記憶がある、以前と言ったって生涯全てを覚えているわけではない。きっと、生涯で一番幸せだった頃の記憶だけを持ったまま生まれてきた。そのせいで以前の私がどういう経緯で亡くなったか、幾つまで海を渡れたのか、その二つだけがどうしても分からない。そして、恋人であるサンジとの最後の会話すら謎のままだ。
「考え事かい、レディ」
そう言って私の顔を覗き込んできたサンジはあの頃と変わらずに私の傍にいる。勿論、以前の記憶なんてものはない。ただ、運命とやらは少しだけ面白おかしく出来ているのだ。
「あなたの事を考えてたの」
嘘は言っていないだろう、と正面に立つサンジを見上げればその顔は分かりやすく緩んでいた。そういう顔ばかり見ていたあの頃はだらしない顔だと呆れたフリをしてその横顔を見つめていたが、今は何故か少し泣きそうになる。明確な理由は自身でも分からない。ただ、涙腺という蛇口が勝手に緩んでしまうのだ。
「あなたの寝相の悪さとか」
蛇口を反対方向に回すように私は冗談を口にする。
「エッ、おれって寝相悪ィ?」
「私を圧迫死するのが得意だもの」
腕に私を抱えて生易しくない力でぎゅっと私を縛り付けるサンジの寝方は寝ている間にお気に入りの玩具を盗られないようにぎゅっと握り締める子供とよく似ている。
「……君が飛んでいっちまいそうだから」
「サンジの目には私が綿毛にでも見えているのかしら?」
「あァ、そうかもね」
君はいつも遠くを見ているから、とサンジは言う。サンジの言う遠くはもう戻れない前世だろうか、無意識のうちに私は今のサンジを通して過去の自身を羨んでいた。今の方が平和なのは確かだが、ただ少し海が恋しいのだ。自由で誰かの瞳のような碧に焦がれている。海賊になりたいと言ったら頭を心配されてしまうのだろうか、オールブルーなんて単語を出してもサンジは首を傾げるだけで終わってしまうのだろうか、いくつもの非現実を頭に浮かべては私は過去に囚われる。
「どこに行ってもいいからさ、帰る場所は変えねェで」
『帰る場所はおれ』
は、と喉が震える。まるで二重音声のように聞こえたサンジの声が私の頭を勢い良く揺さぶる。抜けていたピースが段々とはまっていく感覚に私は何も言う事が出来ずに立ち止まったままサンジの碧を見つめる。
「帰る場所はおれって教えただろ、ナマエちゃん」
過去に囚われていると思っていた私はまんまとサンジの罠に嵌っていた、私はきっとあの日からサンジという人間に囚われていたのだ。海に似た碧眼が私を呼ぶ、世を越えてもこの碧に恋い焦がれる呪いに掛かってしまったようだ。