短編2
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敵の能力の影響か、サンジが中身だけ子供になった。普段のような話し方ではなく、幼い子供のような拙い話し方をするサンジは碧い瞳からポロポロと水滴を落とし顔を真っ青にしている。知らない人間に囲まれているのが怖いのか、呼吸が段々と乱れていく。皆、不安げな表情を浮かべながらもサンジの状況を考えて部屋を出て行った。そして、その場には医者であるチョッパーと恋人である私だけが残る事になった。
チョッパーの質問にゆっくりと答えていくサンジは先程よりも落ち着いてきた、私は傍に寄り添ってその背中をゆっくりと撫でる事しか出来ない。体の大きさは普段通りの筈なのにサンジの気持ちを表すかのように小さく見える体は酷く頼りなく見える。気休め程度の励ましも今のサンジの不安を煽るだけだろう。私は何も言わずにサンジの幼い心を傷付けてしまわぬように必死にサンジの声に耳を傾ける。そして、その涙で濡れた横顔を見つめていた。
チョッパーが他のクルーに話をしに行っている間、私とサンジは並んで気まずい時間を過ごしていた。普段はサンジが話し役になる事が多い為、自身の口下手を忘れていた。
「……おれ、」
「ん?」
「お姉さんが困ってるのはおれのせいだよね」
ごめんなさい、と頭を下げるサンジの肩に手を置いて私は急いで否定を繰り返す。
「違うわ、私が話すのが下手なだけでサンジのせいじゃないわ」
「でも……」
膝の上で強く握られた手は爪が肉に食い込んでいる、その手を解くように私はその手をぎゅっと握った。
「お料理は好き?」
「すき!……でも、ネズミのエサしか作れないんだ」
「今はそうでも未来はどうかしら」
サンジの過去については詳しくない、ゼフさんと出逢う前の話はあの時に少しだけ聞いただけだ。誰にでも言いたくない過去はある、それにどんな過去があろうと私が好きなサンジが変わる事はない。今も昔も優しいままだ、この幼いサンジだって知らない女である私に気を遣って頭まで下げてくるぐらいには優しい子だ。
「……未来」
これ以上の混乱を防ぐ為にサンジに鏡は見せていない、未来の姿はまだお預けだ。
「この手は私達の宝物なのよ、だから爪を立てては駄目」
「未来のおれの手でしょ?」
「ふふ、この手は凄いのよ?魔法がつかえるの」
ネズミも人もトナカイも幸せにする事が出来る手よ、と言えば目の前のサンジは瞳から先程よりも大粒の涙をこぼす。自身の手をグーパーと開いては閉じ、手のひらを見つめるサンジ。
「……っ、この手は出来損ないの手じゃないんだ」
「手以外もそうよ、あなたは私にとって魔法みたいな人」
「お姉さんの?」
恋人とは言わずに私は一つだけ頷く、今のサンジがどう受け取るのも自由だ。ただ、サンジに出来損ないだなんて言わせたくなかった。
「おれにとったら魔法使いはお姉さんだよ」
『おれにとったらナマエちゃんは魔法使いみてェだよ』
いつかのサンジと重なったその台詞。そして、表情までもがサンジと重なる。
「……また、魔法掛けられちゃった」
サンジの魔法は一生、解ける事の無い魔法だ。首を傾げて私の言葉の意味を解き明かそうとしている幼いサンジも私の全てを理解している大人のサンジも使えるたった一つの魔法。
「この魔法は恋って言うのよ」
普段のサンジに影響されたのか、自分らしくない事を口にしてしまった。それを誤魔化すように私は最後に敵が残したメルヘンかつ胡散臭い能力の解除方法を試してみる。
『キスで大人にしてあげて』
敵の胸糞悪いニヤケ面を脳内から掻き消して私はその唇に口付けた。
「(……戻らなかったらどうしよう)」
チョッパーには大丈夫だと言ってしまったが自信は無い。恐る恐る唇を離そうとすれば、サンジの腕が私の頭を引き寄せる。
「……ん、っ、ナマエちゃん、もっと魔法に掛かって」
普段通りの低音に導かれるように目を開ければ、柔らかく目を細めたサンジと視線が重なる。
「サンジ……?」
「初恋を奪ってくれてありがとう、レディ」
「っ、馬鹿、心配したのよ!」
「ずっと伝わってたよ、君の心配も優しさも……あの頃のおれを助けてくれてありがとう」
サンジは私の両手を握って手の甲に口付けを落とす、まるで神聖な儀式のようなその行為に私は二の句が継げなくなる。
「やっぱり、君は魔法使いだよ」
おれだけのね、そう続いた言葉はどちらの言葉だったのだろうか。サンジの心の奥に隠れている筈のあの子にも届くように私はサンジを力いっぱい抱き締めるのだった。