短編2
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コンコンコン、眠れない夜はノックを三回。そうすれば、キッチンの扉が内側から開き、柔らかな月が私を出迎える。
「いらっしゃい、ナマエちゃん」
真っ暗な甲板とは違ってキッチンは未だに灯りがついており、テーブルの上には試行錯誤中の書きかけのレシピが置いてある。ノートを覗き込もうとすればサンジの手がパタンとノートを閉じてしまう。
「出来るまで内緒」
「ケチ」
「はは、上手い飯になって君の前に現れるまで待ってて」
そう言うとサンジは私を椅子に座らせて背中にブランケットを掛けてくれる。女の子に冷えは大敵だからね、と目の前に出されたホットミルクは猫舌の私でも飲める適温だ。
「至れり尽くせりね」
「あァ、君がまた此処に来てくれるようにね」
ま、快眠して欲しい気持ちは嘘じゃねェけど、そう言ってサンジは悪戯に笑う。
「ふふ、甘えちゃうからいけないわ」
「こんなの甘やかしたに入らねェよ」
サンジは椅子に手を掛けると正面に座り、そして窓から見える月を指差す。
「それに月が綺麗だから君が来てくれて良かった」
月が綺麗だって言う相手がいねェのは寂しいから、とサンジは隠れた意味を匂わせる。
「私が見てる月はもっと綺麗だわ」
「死んでもいいわ、じゃなくて?」
「だって、あなた冗談でもそういうの嫌いじゃない」
「よォく、お分かりで」
サンジの揺れる金髪に手を伸ばす、もう入浴は済ませたのか普段のようにセットされていない髪は柔らかく手触り抜群だ。
「月みたいって言われない?」
「っ、くく、言われるよ。君限定でね」
光栄だと言ってサンジは窓から見える月に視線を移して目を細める。そして、こう言葉を続けるのだった。
「月はね、見え方、捉え方は違えども、どんな者にも等しく美しく映るんだ。それってさ、恋みてェだよね」
「だから、月が綺麗ですねなんて言葉があるんじゃない?」
「あァ、そうかもしれねェね」
穏やかな時間が二人の間でゆっくりと流れる、眠気は未だに私を迎えに来ないがサンジの手が私をゆっくりと導く。
「膝においで」
「重いわよ」
羽の間違いだよ、と言ってサンジは私の腰を引いて自身の膝に座らせる。座り心地は悪いが先程よりもサンジのぬくもりを近くに感じられて酷く安心してしまう。まるで赤子を寝かし付けるようにサンジは体をゆらゆらと揺らし、故郷の子守唄を歌う。決して上手いわけではないがサンジの子守唄を聴くたびに鼻の奥がツンとして泣きたくなる。
それを誤魔化すように目を閉じ、サンジの歌声に身を任せる。そして星に三回、心の中で願うのだ。私からこの美しい月を取り上げないで、と。