短編2
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おれは怖がりだから一人で彼女の元に帰れない日がある、たとえば彼女の意見を否定した日、そして今日みたいに彼女の背中を素直に押せなかった日。おれの理不尽な我儘で彼女を困らせて、最終的には泣かせてしまった。修正するとすれば、彼女は泣いてはいなかった。目の端に溜まった涙を零さないように無理に普段通りの笑みを浮かべておれの意見を受け入れようとしたのだ。そんな彼女を目にした途端、意気地なしのおれは彼女から逃げ出した。おれは彼女の涙が苦手で、それよりも苦手なのは彼女から嫌われる事だった。ごめんねと謝る事も泣かないでと彼女の濡れてしまいそうな頬を拭う事も出来ずにおれは停泊中の船から飛び出した。後ろから聞こえた自身の名前に振り向きもせず、自身の二本の足を我武者羅に動かす。
「……何もねェな」
初めて下り立った島は静かな島だった、その静寂は余計におれの頭をザワつかせる。彼女を思い通りに動かそうとした愚かさや彼女の意見を真っ向から否定しまった不甲斐なさ、そして泣かせた挙句、船に放置。世の中、いや、世界中の野郎の中で一番オロされなきゃいけねェのはこのおれだ。自分自身が己の一番の敵だ。
「(……君を傷付けたくねェって言いながら馬鹿みてェだ)」
おれはレディと喧嘩をした事がない、優しい男でいたいから、そして誰よりも世界中のレディの味方でいたいからだ。今まではそうだった、だが、彼女に出会ってからその考えに迷いが生じた。優しさだけでは彼女を守れない、彼女の意思や志の高さは尊敬に値するが、それに付属する自己犠牲精神は恋人として目を瞑れるものでは無かった。今日だって彼女が自分自身を蔑ろにするような計画を提案してきた事が原因だった、今までだってお互い危険な事は一通りやって来ている。その度に毎回、人間離れした仲間達のお陰もあって誰一人欠けずに航海を続けられている。だが、この世界には絶対なんて無い。おれは彼女を失う事が怖い、嫌われちまう以上に彼女の存在が海に還る日を恐れている。
「サンジ!」
背中に掛けられた二度目の声、未だに向き合う勇気が無いおれは革靴の爪先に視線を落としながら煙草に口付ける。振り向く気配の無いおれに苛立ったのだろうか、彼女は無言でおれの腕をグッと力任せに引くと涙が乾いた大きな瞳でおれの顔を見つめる。
「帰ろ」
「……帰らねェ」
「どうして」
「……どうしても」
なら、私も帰らない、と彼女はおれの横で膝を抱える。短いスカートから下着が見えそうでおれは煙草を急いで消すと自身のジャケットを彼女の膝に掛けた。
「やっぱりサンジは優しいね」
「君は無防備過ぎる」
「サンジの前だからだよ」
普段だったらこの言葉が何より嬉しいのに今は素直に喜べそうに無い。
「……逃げたおれに情けなんて掛けてねェで君は船に戻りな」
「さっきだって私が泣きそうだったからあれ以上言わない為に出て行ったんでしょ」
違う、おれはそんな大人じゃねェ、と否定を繰り返すおれの唇に彼女は自身の指を置く。
「サンジって女と喧嘩するの苦手だし泣かすのも得意じゃないでしょ、いつも言いながら後悔してるもの」
「……嫌われたくねェもん、君だって口煩い彼氏よりイエスマンの彼氏がいいだろ」
「んー、どうだろ。口煩いサンジとイエスマンのサンジだったら迷っちゃうわね」
どっちも好きだもの、と彼女は情けない表情を晒すおれに手を差し伸べる。そして、もう一度こう口にした。
「一緒に帰ろ、サンジ」
口に出した筈なのに掠れて音にならなかった返事に彼女はくすくすと肩を揺らしながら迷子のように彷徨うおれの手を握った。
情けない日はどうかおれを見捨てないで迎えに来て。暗がりに蹲って、君の言葉に上手く返事が出来ない情けないおれを見つけて、ナマエちゃん。