短編2
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結婚初夜というものは一度しかない。どう見てもサンジは結婚初夜に夢を見ているタイプだし貴重なものだった筈だ。だが、同日に結婚式、二次会、三次会という名の宴をウェディングドレス、パーティードレスに着替えて動き回った身体はサニーの二人の愛の巣に戻った時には疲れ果てていた。サンジに介護されるように一緒に風呂に入り、髪を乾かされたところまでしか記憶がない。おやすみ、と旋毛に贈られたサンジのキスを合図に私の意識はゆっくりと夢の中に沈んでいった。
ハッ、と飛び起きるように目を覚ました私はカーテンの隙間から差し込む眩い日差しに目を細める。そして、自身を抱き締めて穏やかな寝息をたてるサンジの胸に頭を預けてサンジの生きてる音を聞く。トクン、トクンと響く心音に頭上からは静かなサンジの寝息。
「(……安心しちゃう)」
この、あたたかさに包まれたまま、微睡むのもいいかもしれないと私は枕元に転がったサンジの時計を見つめながら、そのぬくもりに触れる。
「……ん……ナマエ?」
寝起き特有の掠れた声が私を呼ぶ。だが、舌っ足らずと言えばいいのか寝起きのサンジの話し方は普段よりもふわふわとしていて可愛らしい。ほっこりと私の心を優しく満たしてくれるのだ。
「起こしちゃった?」
「んーん、大丈夫だよ」
ふぁ、と欠伸を噛み殺しながらサンジは私に柔らかく微笑む。おはよう、そう言って朝の挨拶と一緒に降ってきた啄むようなキスはいつの間にか日課のようになってしまった。サンジが言うにはこのキスは「朝の充電」らしい。朝と言うだけあって昼や夜、サンジの充電は頻繁に行われる。
「おはよう」
するりとサンジの指先が私の頬を撫でる。
「よく眠れたかい?」
昨日はバタバタだったし疲れちまっただろ、とサンジは心配そうに私の顔を覗き込む。だが、今の私はサンジの優しさに甘えられる立場では無いのだ。私は身体を起こすとベッドの上に正座をしてシーツに三つ指を立てる。
「へ」
静かな部屋にサンジの気の抜ける声が響く。私はキョトンと固まるサンジに向き合うようにして頭を下げる。これは土下座だ、今の私が出来る精一杯の謝罪だ。
「初夜を台無しにしてごめんなさい」
「おれ、気にしてねェよ」
頭を下げ続ける私の両肩に手を置いて顔を上げさせるサンジ。そして、未だに納得していない表情を浮かべる私の頬をプニプニと突く。
「それにさ、可愛くてたまんねェ奥さんの寝顔を見ながら安眠出来たし、おれ的には幸せな夜でしたよ?マイハニー」
ニヤリと片側の口角だけを上げて笑うサンジの口から出た、奥さん、という単語に私はムズムズと口を動かす。こそばゆいやら嬉しいやら新しい奥さんという肩書きがとてつもなく愛おしいものに感じる。私は胸いっぱいに溢れた愛をぶつけるようにサンジに抱き着いた、危うげなく受け止めてくれるサンジの頬にチュッとリップ音を立ててキスをすればお返しと言わんばかりに顔中に優しいキスのシャワーが降り注ぐ。
「ナマエ」
甘ったるい声で私の名が呼ばれる。まるで、愛してる、とでも言っているような甘さについ耳を塞ぎたくなる。
「サンジ」
私も愛してる、そんな想いを名に委ねて呼び慣れた三文字を口にする。きっと、サンジには正確に伝わっている筈だ。だって、サンジの碧眼がまた一段と優しく煌めいたから。
とろり、ふわりと甘く煮詰めたような幸せに微睡みながらベッドの上で他愛も無い話を続ける。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「サンジさん」
「懐かしいね」
君はかなり手強かったから、と笑うサンジに多少の申し訳無さが顔を出す。一味に加入した際、サンジだけがどうしても苦手だった私は敢えて距離が出来るような呼び方や態度をしていた。今、思えば当時の私は苦手というよりも関わった事の無い人種に戸惑っていたのだ。
「慣れてからはサンジくん、付き合ってからはサンジって呼ぶようになって、」
「うん」
「次はパパって呼ぶようになるのかなって」
サンジさん、サンジくん、サンジ、二人の長くも短くもない歴史の中で少しずつ変わっていった呼び名。そして何の疑いも無く、自然に次を想像出来た自身に驚いた。サンジのパジャマ代わりのシャツをギュっと握れば、サンジは私の頭に腕を回して自身の方に引き寄せる。
「随分と魅力的な呼び方だ。だけど、二人っきりの時はサンジがいいな」
君が呼んでくれるなら何でも嬉しいけどさ、君の呼ぶサンジって名前が好きなんだ、と内緒話をするようにサンジは私の耳元で囁いた。
「私もママだけじゃ嫌よ」
「ナマエ」
母親の前に君はおれの唯一だ、と甘えるように頬を擦り寄せてくるサンジ。
「息子だったら、きっと君の取り合いだ」
もし、君に似たレディだったら二人ともまとめておれが幸せにする、知らねェ野郎には渡せねェ、と存在していない未来の娘の恋人に牙を向けるサンジにおかしな笑いが込み上げる。
「パパ、しっかりして」
「残念でしたー、まだ君だけのサンジくんです」
「私だけの?」
「あァ、だから、レディだけのおれをしっかりと堪能して」
初夜の分も、とニヤリと笑ったサンジは私をシーツの上に押し倒した。真っ白なシーツの上に転がった私は皿の上に転がるサンジだけのデザートだ。あなただけの私を召し上がれ、とサンジの首に腕を回し、新婚気分を満喫するのだ。