短編2
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この時期のSNSはハロウィン一色になる、何処ぞの遊園地のハロウィンパレードだとか南瓜やオバケをモチーフにしたアフタヌーンティーのメニュー。そして、やけに露出が多い仮装に身を包んだ若い女の子達。ペラペラの心許ない衣装は確かに可愛らしいが自身が着るとなれば即却下だ。却下の理由は照れが半分、もう半分を占めるのは普段の行いとは打って変わって意外と独占欲が強い恋人のせいだ。きっと、この女の子達のように胸やお尻を強調したような仮装を選べば、サンジの腕から当分出る事は叶わないだろう。んー、と悩ましい声を上げながら仮装衣装が並んだ通販ページをスクロールしていく。黒猫、魔女、悪魔に天使、王道中の王道といったラインナップに苦笑をこぼし、私は次のページに移動する。
衣装探しに飽きてボーッと指を動かす私はある一点に目を奪われる。赤い頭巾にふんわりとしたワンピース、丈の長さだってサンジが言う基準に引っ掛かる事は無さそうだ。足元には爪先がまあるくなったロリィタシューズ。
「……サンジは可愛いって言ってくれるかしら」
そんな心配が必要ない事ぐらい理解している。女性を口説く為に付いているサンジの口は止めどない称賛を口にするのだろう。もう大丈夫だとストップを掛けたってサンジは言い足りないと言って褒め言葉を続行させるのだ。そんなサンジを脳内に召喚させて私は購入ボタンを押した。妄想がノンフィクションになるまで一週間がある、私は赤くなった頬を隠すように枕に顔を埋めた。
到着予定日よりも一日早く荷物が届いた、ダンボールから衣装を出して鏡の前で合わせれば不思議としっくりくる。鏡の前で衣装を抱きくるくると回ればワンピースの内側に縫い付けられているパニエがふんわりと可愛らしく裾を揺らす。髪型も少しだけ凝ったものにしようとあれこれ悩んで器用なサンジの手付きを思い出しながら編み込みをしてお伽噺に出てくるプリンセスのように後ろで一つにまとめた。編み込みが左右対称になっているかを鏡で確認して鏡に映る自身に満足気に頷く。
「今日の私は可愛いわ、大丈夫」
デート前に自己肯定感を高めるのはいつもの癖だ。サンジの前ではいつだって一番可愛い私でいたい。そして、サンジにもそう思って欲しい。セットした髪を崩さないように頭巾を被り、私は部屋を飛び出した。
――――――
待ち合わせに着いた私は脳内で自問自答を繰り返す。何もかも普段通りなのだ、サンジが待ち合わせに先に着いている事もサンジの服装も何もかもが日常と変わらない。今日ってハロウィンよね、と騒がしい脳内を黙らせながらスマートフォンの画面に表示された日付とサンジの顔を何度も行き来する私の視線。サンジはそんな私に喉を鳴らして笑う。
「サンジが仮装って言ったんじゃない……!」
「っ、くく、言った記憶はちゃんとあるよ。まだ、ボケてねェもん」
「なのに、何で私だけが張り切ったみたいになってるのよ」
私の目の前で笑い転げているサンジの服装は吸血鬼でもミイラ男でもない、普段のサンジだ。ブルーのストライプシャツに黒いスーツの上下。スーツは新しくしたのだろうか、いつも袖を通しているスーツよりもカジュアルな印象に見える。
「おれも仮装してるよ?」
「?」
「地味ハロってここ数年流行ってからさ、手出しちった♡」
地味ハロウィン、私だってその存在を知らないわけではない。SNSで流れて来ては、あるある、と頷く事だってある。コアな仮装を見てはクスッと笑みを浮かべる事だって勿論あるが一人張り切った仮装をする私には素直に笑う事が出来なかった。恨みがましい目でサンジを見上げれば、サンジは甘い笑みをへらりと返してくる。
「……ちなみに何の仮装なの、それ」
「可愛い赤頭巾ちゃんにデレデレ鼻の下を伸ばす彼氏の仮装」
どう?よく似合ってるかい?と頭巾ごと私の頭を撫でるサンジ。真っ赤な頭巾の中で同じように頬を赤く染める私は何も言えずにサンジにされるがままだ。
「おれの口がデケェのは君を食っちまう為だし、手がデケェのは頭巾の中で悪戯してェから……おっと、これ以上は君の機嫌を損ねちまいそうだ」
サンジは自身の耳をなぞり、耳から手を離すと私の唇をゆっくりと撫でる。
「耳の大きさは標準だけど君のアイラブユーは聞き逃さねェから安心してね」
勿論、耳が痛ェ文句も、そう言ってサンジは戯けるように片目を閉じる。
「もう、狼じゃない」
サンジは私の顔を覗き込むと腰を屈めて赤い頭巾を引っ張る。そして、内緒話をするように頭巾の中で囁いた。
「狼は尻尾を見せねェんだよ、ナマエちゃん」
見慣れないサンジのカジュアルなスーツはゆったりとしたシルエットをしている。その理由に今更、私は気付く。サンジは長めのジャケットをひらりと揺らして片方の口角を上げた。
「何でおれが普段と違ェスーツか分かるかい?」
「……分からないわ」
「可愛い赤頭巾ちゃんを騙す為だよ、レディ」
ひらりと揺れたジャケットの下では灰色の尻尾が揺れる。サンジはどこから取り出したのか、こちらの反応を楽しむように自身の頭に耳を装着すると優しい恋人から私限定の狼に変身するのだった。