短編2
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「ドキドキしてくれた?」
新しいスーツを下ろした時、ナンパを撃退してくれた時、その骨張った指が器用に煙草を挟んで煙を燻らせる時、他にもまだ沢山あるがサンジは決まって私にそう尋ねる。ニヤリと口角を上げて悪戯な笑みを浮かべるサンジは片方の手をスラックスのポケットにしまって、視線を合わせるように腰を軽く折ると私の顔を覗き込む。その碧眼に映る私は顔をポッと赤らめて口に出すまでも無い有様だ、なのにサンジは私からのドキドキしたという一言を律儀に待っている。
ドキドキするに決まっている。黙っていればモデルのようだし、喋れば顔に似合わず騒がしいがサンジを拗らせてしまっている私にはその騒がしさだって可愛らしいだけだ。それを理解しているくせにサンジはこうやってわざわざ私に確認を取ってくる。
『ドキドキした?』
『今日のおれはどうかな?』
『君の恋人は今日もカッコイイかい?』
元々の自己肯定感の低さはどうしたのか、サンジはメキメキと自己肯定感を上げ、毎日こんな答えが決まりきった質問を繰り返す。そして、可愛い顔をして私の顔を覗き込むのだ。
「ナマエちゃん?」
真っ直ぐに見つめてくる垂れた瞳から視線を逸らす、そして今更だと思いながらも私はこう口にした。
「そういうのって女の子側がするんじゃないの?」
雑誌の特集でよく見るのは女の子側が仕掛けるものばかりだ。メイクを変えたり、デート中に彼氏の腕に自身の胸を押し付け決まり文句のようにドキドキしたか上目遣いで尋ねる。ここまでがきっとテンプレートだ。
「君がしても意味ねェから」
「……私にはドキドキしないって事?」
「違ェ、逆だよ。常にドキドキしてて心臓がそろそろ駄目になりそうだ」
そんなのこちらの台詞だ、今だってこんなにもドキドキしているのにサンジは追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「だから、おれもドキドキさせてェなァって」
「痛み分けみたい」
「はは、言えてる」
「……もう、とっくにドキドキしてるって言ったら?」
サンジの反応を試すように私はそう口にする、きっとポーカーフェイスを気取ったってサンジには私の本音はお見通しなのだろう。
「どれくらい?」
煙草を持つ手とは反対の手を自身の方に引くと、私は自身の心臓にサンジの手を当てる。サンジは胸に当たっている事を気にしているのか、手を反射的に後ろに引いたが私はお構い無しにサンジの手をぎゅっと引っ張った。
「私の心臓もサンジのせいで煩いの」
ドキドキなんて可愛らしいものじゃないわ、と苦笑いを浮かべる私にサンジはギギギと壊れたロボットのようなぎこちない動きで私を見下ろす。手の置き場のせいか、私の言葉のせいかは分からないが先程までの余裕を浮かべたサンジの姿はそこには無い。
「……ズリィ女」
ザラついた低音が耳の縁をなぞるように落ちてくる。無意識でこんな声を出しているサンジの方が狡いだろうと言う言葉はサンジの唇に蓋をされ、口には出せなかった。
離れた唇を名残惜しそうに見つめる私にサンジは降参だとでも言うように両手を顔の横に上げる。
「また、おれの方がドキドキしちまってる」
私の騒がしかった心音の上にサンジのこれまた騒がしい心音が被さるように音を立てる。ドクン、ドクンと騒がしいこの音は私達の恋の音だ。