短編2
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事前の説明で痛みや腫れについては聞かされていた。だが、個人差や波があると言われれば人間は良い方向に考えを持っていこうとする。自身はもしかしたら大丈夫かもしれない、と高を括ったのだ。その結果がコレとは現実は残酷だ、実際は顔を某パンのヒーローのように腫らし、高熱からベッドに沈む始末だ。波は常に高波を観測し、一瞬たりとも痛みや腫れが引かない。段々とその痛みは心に支障をきたしていく。
「……きっつ」
見慣れた天井をボーッと眺めながら思い浮かぶのは恋人の姿。何度も心配だから家に行くと言ってくれた恋人を電話口で拒否したのは私だ。寂しいのなら素直に甘えれば良かったのに腫れた顔を見せるのは女のプライドが許さなかった。
寂しい、痛い、熱い、と一人っきりの部屋で文句を重ねていれば玄関から鍵が開く音がする。この家の鍵を持っているのは私と恋人であるサンジだけだ。あれだけ断ったのに嘘でしょ、と部屋のテーブルに置かれていたマスクに手を伸ばして無駄な抵抗をする私。パンパンな頬を隠してしまえば、ギリギリ見せられる顔になるだろう。
「……ナマエちゃん、起きてるかい?」
寝室の扉をノックしたサンジは控えめな声で私を呼ぶ。
「ん、起きてる」
返事を返してもサンジは軽く扉を開けただけで寝室の中に入って来ようとはしない。それどころか、廊下に座り込み、顔はこちらではなく玄関の方を向いている。
「……中に入らないの?」
「顔見られたくねェって言ってたから」
今日は我慢する、そう言ってサンジは壁に寄り掛かり、私の体調を気遣うような声掛けをする。
「熱は?」
「少し高いけど大丈夫よ」
「君の大丈夫は信用してねェんだ」
「まぁ、酷い」
信用してもらえない自覚は残念ながらある、大丈夫と言いながらサンジの前で限界を迎えた事が数回あるからだ。大丈夫は魔法の言葉じゃねェんだよ、とサンジに愛ある説教を受けた回数は片手だけじゃ足りない。電話口で口癖のように繰り返した大丈夫の言葉だってサンジの信用を勝ち取るには値しなかったのだろう。
「大丈夫かどうか確認しなくていいの?」
「今、確認中だよ」
「こっちに来て確認して」
サンジに手招きをすれば、遠慮がちに寝室に入ってくる。そして、ベッドの端に座り込むと私の髪を撫でる。サンジは私の言いつけを守るように視線を明後日の方向に向けながら、撫でる手を止めようとはしない。
「顔見ても笑わない?」
「勿論」
「パンパンでも?」
「おれがナミさんにタコ殴りにされた時の顔とどっちがパンパン?」
あれは腫れたというレベルなのだろうか、コブまみれになったサンジの顔は人体の域を越えていた。
「間違いなくサンジ」
「だろ?」
「あれだったら流石に寝室に入れない」
「っ、くく、酷ェ」
ベッドから起き上がるとサンジの腕を自身の方に引き寄せる。サンジの目にこの腫れた顔が映るのは複雑だが、サンジなら悪い結果にはならないだろうという安心感がある。私は顔半分を隠すマスクを外すと腫れた顔をサンジに晒す。
「……っ、え、かわいい」
サンジは自身の口元を両手で覆うと空気が抜けたようにベッドに倒れ込む。そして、水を払う犬のように顔を勢い良く左右に振ると私の両手をギュッと包み込む。
「君が顔を腫らして痛みに耐えてるって言うのに不謹慎だよな、すまねェ」
「ふふ、痛み止めも効いてるし謝らないで」
腫らした顔を見て第一声が可愛いだなんて笑ってしまう。だが、サンジの顔を見れば優しい嘘でも冗談でも無さそうだ。
「パンのヒーローみたいじゃない?」
「メロンパンのレディにちょっと似てる、可愛い」
私の体を冷やさないようにサンジは毛布をぐるぐるに巻き付ける。そして、その上から腕を巻き付けてベッドに二人で転がる。デレデレした顔で私の腫れた顔を覗いては、どんな君もキュートだよ、と不安を取り除いてくれるサンジ。
「強がらなきゃ良かった」
「ん?」
「……寂しいから来てって言えば良かったなって」
サンジは私の前髪を指で退かすと額に口付けを落とし、こう口にする。
「君が来てって言わなくても勝手に来ちまうから心配いらねェよ」
ドヤ顔でそう言い放つサンジの表情からは改めようという気持ちは見えない。きっと、また勝手にやって来てはこうやって寂しがる私を勝手に救っていくのだろう。