短編2
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愛された記憶はいつまでも消える事は無い。人は愛される事で愛を学び、そして貰った愛を誰かに注ぐ事が出来る。
「もしも、私がサンジに悲しい嘘をひとつ打ち明けたら貴方は私を嫌いになる?」
先程、二人で観ていた映画にでも影響を受けたのだろう。何も映っていない真っさらなプロジェクターに視線を向けながら、彼女はサンジにそう問い掛けた。サンジは彼女の頭を自身の方に引き寄せると自身の肩に乗せる。
「きっと、優しい嘘だよ」
君は優しいから、とサンジは紅茶が入ったカップに口付ける。冷めた紅茶は渋みが増すな、と少しだけ顔を顰めるサンジに彼女は鈴を鳴らすように笑みを溢した。
「なぁに、面白かった?」
「変な顔してた」
「っ、くく、そんなこと言う子はこうだ」
カップをテーブルに置くと戯れつくようにサンジは彼女を抱き上げ、自身の膝の上に彼女を乗せる。
「さっきの映画のワンシーンみたい」
「女優より君の方がタイプだよ、レディ」
まぁ、上手い口、とサンジの形の良い唇をツンと指で弾く彼女。お世辞だと受け流してしまえれば楽なのだが正面に座るサンジの表情が事実だと彼女に伝えてくる。
「私がサンジの名前も顔も懐かしい二人の思い出も全部忘れるって言ったらサンジはどうする?」
「なら、おれも忘れるよ」
サンジは軽い調子でそう答えた。ま、いっか、とでも言いたげな軽さに彼女は少しだけ寂しさを覚える。
「だけど、また君にきっと惹かれる」
鼻の先が触れてしまうような距離まで顔を近付けて、サンジは額同士をコツンとくっつける。
「情熱的ね」
「自信があるんだ」
君に愛された自信があるから大丈夫、そう言って少しだけ胸を張ってみせるサンジの姿に彼女はホッとしたような笑みを浮かべる。
「愛された記憶はいつまでも消えねェらしいよ」
「なら、私も自信があるわ。サンジにしつこいくらいに愛されてきたもの」
「……しつこいじゃなくて丁寧に、な?」
「ねちっこいの間違いじゃない?」
「て・い・ね・い!」
どちらか一方では愛は成り立たない、二人はそれをしっかりと理解していた。がむしゃらに愛を与える事に必死になった時期だってある、それでも二人はここまで歩んで来た。
「嘘、冗談よ、それに今日だって嬉しかったわ」
「……一年で一番大切な日を家で過ごすのが?」
「ただの誕生日よ」
もう手放しで喜ぶ年齢でもない、と言う彼女にサンジは頬を膨らまして不満を訴える。いくつになっても綺麗だ、と褒めたかと思えば、もっと派手に祝いたかった、と納得がいかない様子で頭を抱えてみたり今日も今日とてサンジの情緒はジェットコースターのようだ。
「だって、この一ヶ月あなたの頭の中は私でいっぱいだったでしょ」
どうお祝いしようかって沢山悩んでくれて嬉しかったわ、そう言って心から嬉しそうな顔をする彼女はその沢山の候補からわざわざ代わり映えのしない家を選んだ。なら、何で、と不貞腐れた声を隠しもせずにサンジは彼女に問い掛ける。
「誕生日ぐらいサンジを独占したかったの」
彼女の頬に段々と色が差す、それにフッと笑みを浮かべるとサンジは彼女の頭を自身の胸に引き寄せる。
「それで独占は出来たかい?」
「……もう少し、独占させて」
「主役は君だよ、煮るなり焼くなりお好きにどーぞ」
今日のおれは君に捧げるメインディッシュだから、と上から降ってきたキスのシャワーに祝福されながら彼女はまた愛された記憶を更新した。愛された記憶が映画のように抜け落ちてしまっても、このギュッと胸を締め付ける愛しさはきっと身体が最期まで覚えているだろう。