短編2
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恋する演技をする私は舞台小屋の看板女優のようだ、上っ面だけの甘い言葉に感情を込めた演技をすれば私の恋人は幸せそうに笑ってくれる。他人に演技が見破られたら偽善者だの悪魔だの罵声が飛んできそうだが私はただ面倒事を起こしたくないだけだ。
「君が好きだ、付き合って欲しい」
「えぇ、いいわよ」
私は告白に了承をしただけだ、好きとは返していない。今更責められたって私の知った事では無い。それに「ラブ」は存在していないが仲間としての「ライク」の気持ちはちゃんとある。尚更、酷いと言われてしまうかもしれないが私はサンジが口にするその気持ちが理解出来ないのだ。愛なんて一時の感情に身を任せられる人間の気持ちが分からない、いつか温度を失う日が来るのに何故、愛し合わなければいけないのだろう。それに感情が無くてもキスやセックスは出来る、快楽だけを拾って気持ち良くなれるように人間の体は上手く出来ているのだ。
「……馬鹿みたい」
「ん?」
「何でもないわ、サンジ」
穏やかな笑みを浮かべるサンジに身を寄せれば、肩までしっかりと毛布を掛けられる。サンジの碧眼に映る私は可愛い彼女のフリをしてサンジにキスを強請る。舞台の台本をなぞるようにサンジの恋人に徹する私は魅力的に恋人を演じるのだった。
酷い顔をして残酷な言葉を吐くサンジに私はナミのように食って掛かる事もルフィのように手を伸ばす事も出来なかった。理由は簡単だ、私の演技は最初から演技でしか無かったのだ。
「最後まで君は偽善者だ」
「……何を、言ってるの」
「見せかけの善行、海賊のボランティアって所かい?」
愛の無い関係をありがとう、そう言って芝居掛かったお辞儀をするサンジの方が私よりも上手だったのだ。何も言い返す事が出来ない私はその場から動けずに馬車に乗り込むサンジの背中を黙って見つめていた。無意識に伸ばした腕はサンジに届くわけもなく、だらりと力なく地面に落ちた。ナミやルフィを置いてその場から逃げ出した私はサンジの言葉を脳内で繰り返す。見せかけの善行、偽善者、どの言葉も否定出来無い程に私を理解していた。サニーを降りる事が無ければ、サンジは私の演技に今も目を瞑っていてくれたのだろうか。
「……騙していたのは私でしょ」
なのに、サンジとの関係の終わりに足元が揺らいでいるのも私だなんて一周して笑えてくる。失ってから大切さに気付くとはよく言ったものだ、隣にあったぬくもりは私が裏切っていいものでは無かった。くるくると変わる表情も何百種類と掛けられた愛の言葉も触れた肌の熱も私は知っていた。見て見ぬフリをし続けて、何度も踏み躙ったサンジからの愛情は今になって私に訴えて来る。お前はサンジを愛していた、と。
――――――
何かを察していたナミは事が片付くとサンジと私を女部屋に押し込んだ。女の勘をナメないで、と強く叩かれた背中をピシッと伸ばしてサンジが待つ女部屋に入る。中に入るとサンジは気まずそうに扉の近くに立って煙草を蒸していた。私はそんなサンジの目の前に立つと床に膝をついて頭を下げる。頭上からはサンジの焦ったような声が無限にリピートされているが私は顔を上げずに謝罪を口にする。
「ごめんなさい、サンジ」
「ねェ、おれ本当に怒ってねェから!ね!?謝罪とかいらねェから!ナマエちゃん!」
「……今から怒らすような事を言ってもいいかしら」
サンジは私と同じように床に座ると両手を膝に置く。お互い今から説教を受けるような姿勢でお互いの出方を窺っている。
「愛が分からなかったの、愛する事も愛される事も理解出来なかった。だから、フリをした。サンジが言うように見せかけの恋人になってサンジと数ヶ月間、恋人ごっこを満喫したわ」
「……愛がねェ事には初めから気付いてたよ。でも、1パーセントでも可能性があるなら信じてみたかった。だから、君を偽善者に仕立て上げたのはおれだ」
そう言って肩を竦めるサンジに私はもう一度、深く頭を下げた。そして、身の程知らずなお願いを申し出る。
「もう一度だけ……っ、演技も嘘も捨てた私と恋をしてくれませんか」
「君じゃなくて頭を下げるのはおれの方だろ?ヨリを戻したって君にメリットなんてねェのに、何でそんな必死に……」
関係の終幕と同時に気付いた感情は確かに愛だった、明確な名前を付けられないまま演技だと思っていた自身の行動は無意識の内に演技では無くなっていた。今更そんな事を言われたってサンジからしたら随分と都合の良い話だろう。罵声を浴びせられたっておかしくはない。
「……失ってから気付いたの」
あなたがいないだけで足元が揺らいで歩けなくなる、そう言ってサンジの手に腕を伸ばせば今度こそサンジに手が届いた。
「なァ、ナマエちゃん。続きはおれに譲って」
「続き……?」
「君が好きだ、付き合って欲しい」
以前と同じ台詞だが受け取る側の気持ちが変化したせいか、まったくの別物に感じる。あの時、即答出来た返事は今では上手く返す事も出来ない。渇いた喉を潤すように唾を飲み込み、前を向く。
「えぇ、いいわよ」
「……君はおれを好き?」
聞き出す事が出来なかったサンジと口に出来なかった私。
「好きよ、あなたが好き」
初めて口に出した好きは演技ではないのにどこか作り物のようだった。慣れない単語を口にしているからか違和感が凄い。だが、サンジにはしっかりと私の好意が届いたらしい。腕を引き、自身の腕の中に私をしまうサンジのぬくもりに沈む。何度も踏み躙った愛情はこんなにも温かったらしい、見て見ぬフリをしていた自身の感情は今になって私にこう言うのだ。この男は愛の温度を失わない、と。