短編2
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『申し訳ございません』
『ご不快な思いをさせてしまい、心よりお詫び申し上げます』
あまり気が長い方ではない、今だって理不尽なクレームを投げ掛けてくる客に内心では中指を立てている。だが、そんな事をしたって火に油を注ぐだけという事も理解している。新たな火種を作るべきではない、と己に言い聞かせて頭を下げる私。大人になるという事は自分自身が損をする事だと誰かが言っていたが目の前の人間はピーターパンか何かなのだろうか。冷めた目を悟られないように深々と頭を下げて、脳内にサンジを召喚する。
『君が頭を下げる必要?ねェに決まってんだろ』
『ナマエちゃんはよくやってるよ』
『は?君にそんな事を言ったのかい?今すぐ、そのクソ野郎をオロしてェ』
そうなの、そうなの、酷いでしょう、でも私、頑張ったのよ、と脳内のサンジに宥めてもらえば疲れ切ったメンタルも少しだけ上を向く。このやり方で自身を鼓舞するのは何度目だろうか、家に帰ったら本人がいるというのに自身の性格が邪魔をしてサンジに甘える事が出来ない私は豊かな想像力でどうにか今日も折れずにいられる。
退勤した私を玄関で出迎えたサンジはそのフリフリなエプロンには不釣り合いな表情で私を抱き抱えた。ちょっと、と騒がしい声を上げながら手足をバタつかせる私を鋭い視線一つで黙らせたサンジはリビングのソファに乱暴に腰掛ける。
「話して」
「何を?」
「空元気にも気付けねェ男だと思われてる?」
顎を指で持ち上げられ、視界がサンジで埋まる。言葉とは裏腹にサンジの顔には心配と書いてある。
「……隠してたわけじゃないわ、ただ、大した事じゃないから言う必要も無いかなって」
「君の物差しでは大した事じゃねェかもしれねェけどさ、おれにとったら君にそんな顔をさせてる時点で大事だよ」
無理に笑うレディは痛々しくて見てられねェ、と私の頬を指でなぞるサンジ。
「……ちょっと理不尽な事でお客さんに怒られちゃったの。お店の決まりだからって言っても納得してくれなくて結局、私のせいでクレームになっちゃった」
客の罵声が頭を過ぎる、泣きはしないが流石に理不尽過ぎてメンタルを凹ませるには十分の威力がある。
「今すぐ、そのクソ野郎をオロしてェ」
脳内に召喚したサンジと同じ台詞を同じトーンで口にするサンジに私は場違いな笑みを溢す。突然、笑い出した私を不審そうに見つめるサンジ。
「ナマエちゃん……?」
「ふふ、ごめんなさい」
想像と一緒だったから、と口を押さえて笑う私にサンジは首を傾げる。
「想像?」
「脳内にサンジを飼ってるの」
「おれ?」
沢山のはてなを頭上に飛ばしているサンジに事の次第を説明すれば、サンジの表情が柔らかくなる。
「おれが頼りねェから頼ってくんねェのかなって思ってたから嬉しい……あ、いや、でも君が辛ェ思いしたっていうのに嬉しいだなんて不謹慎だよな!すまねェ、○○ちゃん!」
私は首を横に振り、サンジの優しさを素直に受け取る。
「そんな事、気にしないで。私はサンジにちゃんと救われていたわ、今だってそうよ」
「……次からはおれを頼ってくれる?」
君を甘やかす権利を頂戴、とサンジはその形の良い鼻を私の髪に埋める。
「随分と魅力的なお誘いね」
「あぁ、おれにとっても君にとってもね」
「……あなたに愚痴を聞かせたくないのよ、他人の愚痴なんて気分が良いものじゃないでしょ?」
「愚痴なんて誰でも吐くだろ、心のデトックスは大事だよ」
それに、とサンジは言葉を切り出すと私の胸を指差してこう言った。
「デトックスで吐き出した後はおれの愛情でいっぱいにしてあげる。最後に君が笑っていられるように」
私の凹んだ心のデコボコを埋めたのは脳内のサンジではなく、私を深い愛情で包み込むサンジだった。