短編2
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「やぁ、今宵はいい夜だね」
電話越しのサンジは普段の賑やかな声を仕舞い込んで夕闇に消えてしまいそうなか細い声で普段通りに振る舞う。そのチグハグさはいつだってサンジに付き纏う、二面性というには不安定で危うい一面を抱えている。そんな一面に今日も知らないフリを決め込んで彼女はサンジの話に耳を傾ける。
「ナマエちゃん」
「はぁい」
「そっちからさ、月は見えるかい?」
寝室の窓を数センチ開ければ、暗闇にまあるい月が浮かんでいる。まるでサンジの形の良い後頭部のようだ。
「今日は満月なのね」
「あぁ」
二人は別の場所にいながらも同じ景色を共有している、その事実がサンジを安心させる。空に浮かんだ球体は時にセンチメンタルを呼び起こす。スポットライトのように輝くそれは道端にぽつんと立ち尽くすサンジの弱さを浮き彫りにする、この世界にまるで己だけが取り残されてしまったのではないか、というネガティブな思考に飲み込まれそうになるのだ。だから、彼女に電話を掛けた。ヘルプミー、憐れで惨めなおれを助けて、なんて口に出せない情けない本音を隠して通話ボタンを押したのだ。
「月が綺麗ね、サンジ」
少しの沈黙の後、彼女はそう口にした。どちらの意味か、なんて確認が必要ない程の情を含んだ声で彼女はサンジにその言葉を伝える。
「……おれみたいな人間に捕まって君も可哀想に」
これは皮肉でも謙遜でも無い、こんな事を言った所でもう彼女の事を手放すつもりも無ければ日々どうやって彼女の意識を自身に向けるかばかり考えているサンジ。
「私以外にサンジの相手は務まらないわよ」
「悔しいぐれェに良い女だね、君は」
「良い女には貴方ぐらいの駄目な男がお似合いよ」
手厳しいね、と喉を鳴らして笑うサンジ。電話口の向こうにいる彼女の言葉にサンジの足取りは自然と軽くなる。月明かりが照らす夜道を先程とは違った浮かれた足取りで進む。鉛のように重かった足は、まるで羽が生えたようにサンジを前に、前に、と進ませる。
「……今夜は月も君も綺麗だから会いに行っていいかい」
「迷わずに私に会いに来て」
「あぁ、早く君に会いてェ」
口元に安心したような微笑みを浮かべ、月明かりのスポットライトが照らす道を迷いの無い足取りで進むサンジ。その長い足は早る気持ちにリンクするように大きな歩幅を描くのだった。