短編2
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たまに無性に帰りたくなる場所がある。人恋しくなった時や心のキャパシティに限界がやってきた時、その場所に飛び込みたくなる。帰りたいなぁ、と情けなく口から溢れた私の独り言は真っ暗な帰り道にぽろりと落ちた。肌寒くなってきたせいか、シャツ一枚ではもう外にはいられない。風が余計に私の寂しさを助長させるようだ。
私は自身が住むマンションの前で一度立ち止まると自身の部屋がある階を見上げて目を丸くする。独り暮らしの部屋のカーテンの隙間から暖かいオレンジの灯りがこちらを覗いている、この部屋の合鍵を持っているのは恋人であるサンジだけだ。だが、サンジには自宅に戻るとは言っていない。出張を早めに切り上げられだけで実際の帰宅予定は明日の夜だった。何故という疑問は残るが私の沈んだ気持ちを引き上げるには窓から溢れる柔らかな灯りだけで十分だった。エントランスを抜けて、普段よりも長く感じるエレベーターで自身が住む階まで上がると他人がいないのをいい事にボタンを連打して勢い良く飛び出す。廊下を大股で歩き、バッグから鍵を取り出して落ち着きの無い音を立てながら玄関の扉を開ければ、夜道で想像していたひとりぼっちの冷たい空間はそこに存在していなかった。
キッチンに続く扉から顔を出して、サンジはこちらに笑みを向ける。ナマエちゃんおかえりなさい、と菜箸を持った手を振るサンジは鍋に呼ばれて直ぐに扉の中に引っ込んでしまう。私は直ぐにキャリーケースとバッグをその場に置いてキッチンに向かうと持参したであろうエプロンを身に纏い、鍋と向き合っているサンジの背中に張り付く。
「ただいま、サンジ」
「お疲れ様」
コンロの火を止めたサンジは鍋に蓋をして私の方に体をくるりと回すとぎゅっと抱き締めてくれる。
「外、寒かっただろ?」
あったかいもん作ったから手洗っておいで、とサンジは私の疲れた顔に眉を下げて笑う。きっと、酷い顔になっているのだろう。
「……ご飯よりも先にサンジがいい」
手洗って来るからソファで待ってて、と言い逃げをするようにサンジの腕を抜け出して洗面所に向かう。普段だったら着替えまで済ませてしまう所だが今は何よりもサンジで充電したい。
手早く手洗いとうがいを済ませると私はサンジが待つリビングに急ぐ。ソファに座るサンジに躊躇無く抱き着き、そのままソファに倒れ込む。
「っ、くく、スゲェ勢い」
サンジは私の背中を軽く叩くが私はお構い無しにサンジをぎゅっと腕の中に閉じ込める。猫にしては随分と勢いがあるがサンジのシャツに擦り寄る私は毛糸に興味津々の猫と同じ気持ちだ。サンジは私の髪を梳かすように撫でると、よく頑張りました、と今日までの私に花丸をくれる。
「……本当は明日の夜に帰る筈だったの」
だけど、早く仕事が片付いて急遽戻って来たら部屋に灯りがついてて吃驚しちゃった、と口にする私にサンジは得意げな顔をしてこう言った。
「ここにいたら君に会える気がしたんだ」
「凄い自信ね」
「君に対しておれは間違わねェよ」
私が帰りたかった場所はサンジの腕の中だ、場所なんてサンジがいれば何処だって城だ。私が心を休められる唯一の場所。
「頑張り屋なナマエちゃんの明日のご予定は?」
「明日はサンジを独り占めするの」
明日とは言わねェで永遠に独り占めしてくれていいよ、とサンジは私の旋毛に唇を寄せる。落ち着く煙草の香りに身を委ねて、私はサンジのぬくもりを独り占めするのだった。