短編2
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連日、仕事で声を上げていれば枯れるのも当たり前だ。喉以外に不調が無い事に安心すればいいのか、この酷く掠れた声に絶望すればいいのか分からない。友人であるチョッパーに相談すれば二、三日の辛抱と言われたが時間で言わせれば七十二時間。そして、その半分の時間は職場にいる。声を出さずに喉を休ませたいが職業柄どうやっても避ける事が出来ない。
「……っていう事で家にいる時だけでも喉を休ませたいの」
正面に座っているサンジにスマートフォンの画面を見せる、そこには話せない経緯と協力の要請が書いてある。サンジは私の両手を握ると自信満々な表情で任せて欲しいと力強く頷く。
「君の負担を減らせるならおれは何でもするよ」
些か大袈裟過ぎる気もするが今の私にとっては心強かった。ありがとう、と口パクで伝えればサンジは私の喉を指差して魔法使いのステッキのように指を回す。
「早く君の可愛い声が治りますように」
でも、無理はしないでね、と優しい声が私に届く。無意識に伸ばした手の意味を理解したのかサンジは私の手を引き、ぎゅっと抱き締めてくれる。サンジのちょっとだけ高い体温が心地良い、身を寄せるようにその胸板に頭を預ける。
「おれね、言葉がなくても君が言いたい事が分かるんだ」
君を見つめている時間が長いからかな、と頭上から甘い笑い声がする。
「(……サンジは見過ぎ)」
「あ、見過ぎって思ったろ?」
素直に頷けばサンジは私の口を蛸のように摘んで悪戯っ子のように口の端を持ち上げる。
「君に夢中だから諦めて?」
私なんかよりサンジの方が分かりやすい、言葉にしなくても頭の中が筒抜けだ。それなのに言い聞かせるように分かりきった愛を何度も口にする、愛してる、君に夢中、と毎日飽きもせずに伝えてくる。そのうち、愛を叫び過ぎて声を枯らしてしまいそうだ。
喉を休ませたいと伝えた翌日から私の声帯の稼働時間は職務中だけになった。わざわざスマートフォンに文字を打ち込まなくてもサンジは先見の明があるのか私が言いたい事や思った事を見抜いては普段通りに過ごしている。
「ナマエちゃん、探してたのはこれかな?」
「今日はこれ食いてェって顔してた」
「生姜を少しだけ入れてみたんだ」
君の喉に効くようにってね、そう言ってサンジはグラスに入った蜂蜜レモンをくるりと混ぜて可愛らしいコースターの上にグラスを置く。
「……なんで、わかるの」
「まだ出しちゃ駄目だよ」
つい溢してしまった問いにサンジは優しく笑って私の唇を指でツンと突く。
「おれにはちゃんと聞こえてるって言ったろ?」
無理はだーめ、とサンジは指でバツを作る。これぐらいと思わないわけではないがサンジの気遣いを無下にする気は無い。私は大人しくサンジが作ってくれた蜂蜜レモンに口を付け、痛む喉を潤す。
「生姜キツくねェかい?」
美味しいと口パクで伝えれば、目の前にパッと笑顔の花が咲く。嬉しい、やった、また作るね、と表情一つで色々な声が聞こえてくる。私はテーブルの隅に置いていたスマートフォンを手に取り、メモに文字を打ち込む。
『私も言葉がなくてもサンジが言いたい事が分かるみたい』
サンジが愛を叫び過ぎて、その低音を枯らしてしまっても私だけがその声を拾う。
「なら、当ててみて」
『それでも、おれは口にしてェけど、とか?』
「君って天才!?」
両肩を掴まれ、興奮したサンジに体を揺さぶられる。どうやら私は大正解を引き当てたらしい。愛の力だと大袈裟に喜ぶサンジに揺すられながら私の愛も沈黙の辞め時を探していた。