短編2
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島に滞在するのはログが貯まるまでの数日。それなら、数日だけ耐えればいいと誰にも言わずに逃げ回っていたのがいけなかった。この島に下り立って二日が経った頃だろうか、見知らぬ男に後をつけられるようになった。爽やかな見た目をしているが、その視線はねっとりと私を見つめていた。海賊として生きていればこういう視線を向けられるのは珍しくない。そして、こういう見た目の男こそ危険だという事も理解していた。
「……厄介ね」
民間人を痛め付ける趣味は無い、それこそ海軍を呼ばれたりしたら島にいる皆に迷惑が掛かる。チッ、と舌打ちを溢して私は人通りの多い道まで足を急いだ。
島に下り立って一週間が経っても私は未だにストーカー男に追い掛けられていた。島を満喫している皆の邪魔になりたくなくて後ろに気をつけながら逃げ隠れを繰り返している。恋人であるサンジからのデートの誘いもそれらしい理由を付けて断わった、サンジにバレたらこの民間人の命はきっとここで終わりだから。私のせいで無駄な殺生をして欲しくない、と海賊らしからぬ甘い考えを押し付ける程度にはサンジに惚れているのだ。だが、これがいけなかった。油断していたわけでは無いが一週間も他人の後をつけて回っているような異常者に常識が通じるわけもなく路地に連れ込まれてしまった。ここが倉庫やアジトではない事が救いだが鼻息の荒い男と壁に挟まれた状態は決して良いものでは無い、出来るのならば遠慮したい状況だ。
「あー、私に何か用かしら」
「君をずっと探してた、手配書を見てからずっと」
男はズボンの尻ポケットから私の手配書を出す、その手配書の私の顔には濃い水滲みが出来ている。その水滲みの正体は男の精液だろう、香ってくるその臭いに顔を顰めれば男はそのねっとりした視線で私の肌を撫でる。
「それはありがとう、それじゃ、私はこれで」
「黒足がどうなってもいいならどうぞ」
君のいい人なんだろ、と男は舌なめずりをして私の隠し持っていたダガーに手を伸ばす。そして、それを奪うと私の頬に剣先を触れさせた。
「っ」
「手配書の君も血に濡れて綺麗だった」
大した傷ではない、普段の戦闘だったらこの倍以上の血を流す。
「……はぁ、バレちゃうじゃない」
油断したフリをして男の手を蹴り上げる。そして、ダガーを奪い返しそれを男の喉元に突き付ける。
「ごめんなさいね、ストーカーさん」
男の目に手を翳して、私はダガーを引く。男が綺麗と言った返り血に濡れた姿で私は人気のない路地を通り、サニーに向かう。急所は外した、運が良ければ死ぬ事はないだろうと男の事は一旦、頭の隅に置いて私はサンジにどう伝えようかと頭を悩ます。
「サンジにどうやって言い訳しようかしら」
「何を言い訳するんだい、血濡れのレディ」
ひやりと背中を刺すような声にブリキの玩具のような音を立てて後ろを振り返れば滅多にお目に掛かれないようなサンジの怒った顔があった。私の頬を見て一瞬、顔を顰めたサンジは私の周りをぐるぐると歩き回りながら全身をくまなく確認する。
「怪我は頬だけよ」
「君に誤魔化されちゃ堪んねェからおれが確認する」
それに他人の返り血を浴びなきゃ出来ねェ買い物って何だい、とサンジは私の手を引きながら船に戻る。きっと、全部話すまでこの手は解放される事はないのだろう。私は渋々と言った様子で事のあらましをサンジに伝える、途中からサンジの顔が鬼のように険しくなり私はストーカーよりも目の前にいるサンジに恐れを抱いていた。
「始末したからもう一安心」
そう言ってサンジから逃げようとすれば、私の足に自身の足を引っ掛けて体勢を崩した隙を狙って俵のように私を抱き上げるサンジ。足をバタつかせて抵抗してみてもサンジはビクともしない。
脱衣場まで私を運んだサンジは着替えを取りに行くと言って脱衣場から出て行った。血で汚れた服を脱ぎ捨て、鏡に映る返り血塗れの私を見つめる。
「……これのどこが綺麗なんだか」
床を汚さないようにタイルに移動する、シャワーの蛇口を捻り肌に付いた血を洗い流す。赤く染まった水が排水口に吸い込まれていくのを静かに見つめていれば、身体がぶるりと震えた。水に冷えたわけではなく、一週間ぶりに訪れた平穏に安心したのだ。口に手を当ててボロボロと泣いていれば、くもりガラスに影が映る。
「サンジ……っ」
「……中、入ってもいいかな」
何もしねェから、そう言ってサンジは私からの返事を待つ。
「ん」
「バスタオルで隠して」
サンジは少しだけ扉を開けるとバスタオルを差し込む。私はそれを受け取って身体に巻き付けるとサンジの手を引き、中にサンジを入れる。
「触っても平気かい?」
「えぇ」
私にそう尋ねるとサンジは血が移ってしまったシャツを脱ぎ、自身の背中に隠す。
「気持ち悪ィだろうから」
「ん、ありがと」
「いーえ」
サンジの長い腕がバスタオル越しに私を包み込む、ビシャビシャの状態の私が凭れ掛かってもサンジは顔を顰めたりはしなかった。それどころか、怖くなったら言ってね、と背中を優しくポンポンと叩かれる。
「……さっきは怒ってごめんね、怖い思いをした君にあんな態度をするべきじゃなかった」
「さっきまで平気だったの。でも、サンジに触れたら安心しちゃって……っ、私、ちゃんと怖かったんだなって」
「君は強いよ。でも、心まで無理に強くしねェで」
痛みに鈍くなっちゃいけねェよ、とサンジは私の濡れた髪に指を絡める。その顔は私よりも切なく傷付いているようだった。
「……何でそんな顔するの」
「君の顔に傷を付けちまった」
「サンジが付けたわけじゃないわ」
おれがもっと早くに君の周りに気付いていたらこんな事にはならなかったよ、とサンジは泣きそうな顔で私の頬に触れた。
「傷物は嫌かしら?」
「まさか、それに君よりもおれの方が酷ェもんだよ」
海賊をしていたら全身に何かしらの傷がある、サンジの背中や足には細かい傷や縫い痕が山程ある。普段はスーツに隠れて見えないがベッドではお互い傷を隠す事は出来ない。カーテンの隙間から溢れる月明かりがその背中を照らす瞬間が好きだ、戦闘の傷に紛れた自身の爪痕がサンジの真っ白な背中に広がっているのを見ると普段はしまっている筈の独占欲が顔を覗かす。
「きっと、すぐにこんなの消えちゃうわ」
「……今すぐ消してやりてェ」
鏡を見る度に傷付く君を見たくねェ、とサンジは言う。だが、今の私はこの傷を見たってサンジの優しさや言葉を思い出す。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「上書きして」
私を傷付けて、とその首に腕を回せば私の言葉の意味を理解したサンジがぎゅっと腕に力を込めた。
「怖くねェの?」
「サンジにされて怖かった事なんて一つも無いわ」
首筋に背中にサンジの痕を残して欲しい、私の頬の傷なんて目立たないくらいに歯を立てて傷をつけて欲しい。愛された痕をつけて、と強請る私にはもうサンジしか見えていなかった。