短編2
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運に見放され、何をしても上手くいかないサンジ。今日のサンジは毎日のルーティンをこなす事すら禄に出来ない。朝食はサンジの寝坊が原因で遅れてしまった。その沈んだ気持ちのまま身支度をしていれば狂った手元で自慢の髭を剃り落とし、コンプレックスである童顔を晒す事になった。その後は海に落ちたルフィを拾う為に海に飛び込んで開封すらしていない煙草を海水で全滅させた。全身ずぶ濡れの状態で絶望していれば濡れた床に足を滑らせ、彼女の前でみっともなく転げる始末だ。背後から聞こえた藻の吹き出すような声に突っ掛かる気力も残っていないサンジは彼女が差し出した手にも気付かない。覚束ない足取りで立ち上がったサンジは影を背負ったままトボトボと男部屋に帰って行った。
気力とプライドだけで昼食と夕食を作ったサンジは未だ辛気臭い顔で影を背負っている。そんなサンジの姿を見た仲間達の反応は様々だ。だが、サンジを襲った朝からの不運の数々を思い出した面々は食欲が無くなると怒鳴るような真似はしなかった。
「洗い物は私がやるわ」
サンジの手から彼女は皿の山を受け取る。半ば無理矢理奪ったとも言えるが今日のサンジに皿を持たせるのは暴発する銃を持たせるようなものだ。割れるのが皿だけだったらいいが、美しい手までもガラス片で切るのが目に見えている。
「……すまねェ、ナマエちゃん」
自覚があるサンジはテーブルに突っ伏して黄色いヒヨコ頭に大量のキノコを生やしている、負のオーラがサンジの周りを囲んでいるようだ。彼女はそれを横目に見ながら手早く皿を洗っていく、これが終わればサンジのメンタルケアがあるからだ。普段あまり甘えてこないサンジを徹底的に甘やかしてやろうと内心で意気込む彼女は皿に付いた泡を丁寧に流していく。
食器棚に全ての皿を入れ終えた彼女は先程から微動だにしないサンジの肩を軽く揺すって隣の椅子に座る。
「サンジ、眠い?」
サンジはテーブルから顔を少しだけ上げて視線だけを寄越す。そして、腕を彼女の方に伸ばして、ん、と口にする。
「はいはい、おいで」
図体が大きい赤ちゃんのようだ、と思いながらサンジの背中に腕を回す彼女。サンジはテーブルの代わりに彼女の肩に顔を埋めて擦り寄ってくる。サンジのサラサラな金髪が彼女の首筋を撫で、甘えてくるように腰に腕が回された。
「……洗い物ありがとう」
「いーえ、それにいつもやってもらってばかりだから偶にはね」
サンジの丸っこい頭が肩から消える。俯いていた顔を上げて、目尻に涙の粒をたっぷり拵えて彼女を見つめるサンジ。
「どうしたの、ベイビー」
私の可愛い子、とその溢れそうな水滴を指の腹で受け止める。サンジの濡れた碧眼は早朝の海に似ている、陽の光が反射して煌めく波のようだ。
「……さっきまで気を張っていたせいかな、君に触れたら何か分かんねェけどグッと来ちまってさ、涙止まんねェ」
「大丈夫、明日はきっと運もあなたを味方するわ」
「おれの幸運の女神がそう言ってくれるなら」
明日はクソいい日になりそうだ、とサンジは濡れた目尻をくしゃりと細めた。サンジの皺が寄った目尻に口付けを落とし、クソいい日になりますように、とサンジの言葉をなぞる彼女。言霊になる事を祈りながら目の前の恋人を甘やかす。
「明日は私が起こしてあげる」
「っ、くく、心強いね」
「このベビーフェイスを見れた私は今日一日幸せだったわ」
「……べ、ベビーフェイス」
サンジは自身の顎を触りながら項垂れる。紳士的でダンディな男を目指しているサンジとしてはこの童顔だけは頂けない。整っている顔をしている自覚はあるが自身の目指す男性像には程遠く好みの顔では無い。だが、彼女にベイビーと甘やかされるのならこの童顔も悪くないのかもしれないと思った時点でサンジの顔の評価は彼女に委ねられている。
「それに煙草が邪魔をしないからキスだって自由よ」
口寂しい?と尋ねてくる彼女に素直に頷くサンジ。自身の一部とも言える煙草が無くても平気でいられたのは一日中止まない不運のお陰とも言える。
「……それと君かな」
「?」
普段の癖でつい湿気た煙草に手を伸ばしてその度に肩を落としていたサンジ。そんなサンジを笑わせようと彼女は今日一日サンジについて回り一生分とまではいかないがその度にキスの雨をサンジに降らしていた、煙草とは真逆の甘いキスだ。
「君がいて良かったって話」
不運に見舞われても幸運はいつもサンジの隣にいた、その幸運は彼女の姿をしてサンジに笑い掛けるのだ。