短編2
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この世界の常識に物申したいわけでも人魚のように泳ぎ回りたいと贅沢を言うわけでもない。ただ、少しだけ海に入って非能力者と同じように海を感じたい。海は大いなる母と言うが実を食べる事で絶縁してしまう親子関係なんて碌なものではない。食べた事は後悔していない、この力が無ければ四皇の一味なんてやってこれなかっただろう。きっと、この世から途中退場していた筈だ。浜辺に設置されたパラソルの影で海を眺めていれば頬にひやりとしたグラスが当てられる。私の口から溢れた情けない悲鳴にサンジは喉を鳴らして笑うと私にドリンクを差し出す。
「海にお熱かい、レディ」
あんなに見つめられちゃ海も蒸発しちまうよ、とサンジは私の横に座り込むと膝を抱えてこちらを向く。
「今はサンジの視線で私が蒸発しそう」
「っ、くく、こっちの碧を眺めてくれてもいいんだよ?」
「考えておくわ」
そう言ってストローに口付ければ、ひんやりとしたジュースが喉を潤す。美味しいと素直に口にすればサンジは顔をくしゃりと破顔させる。
「お口に合って良かった」
二人の間で氷がカラン、カランと涼し気な音を鳴らす。サンジが言うようにサンジの瞳は碧だ、海よりも静かで温かい碧。勝手についたイメージカラーも青。
「……サンジ」
「なぁに」
「海に入りたいって言ったら連れて行ってくれる?」
サンジは着ていたパーカーを脱ぐと私に手を差し出す。君を海に案内出来るなんて光栄の至りです、とやけに畏まった誘い文句を口にしてサンジは私に笑い掛ける。
「力が抜けてもおれがちゃんと支えるからさ」
悪魔の実を口にしてからもう十数年は経つ、自らの意思で海に入った事はもう随分と無い。緊張で震える指先をサンジの差し出した手に乗せて立ち上がる。
「離さないで」
「勿論」
サンジは私の腰に腕を回すとゆっくりと海に向かって行く、こんなに近い距離では煩い鼓動がサンジに届いてしまうかもしれない。足の指の隙間に挟まった砂達を洗い流すように海水に片足を浸す、指先程度ではそこまでの効果は無い。
「海って冷たいのね」
頭の悪そうな感想を口にしてもサンジは私を笑ったりはしない。
「能力者には当たり前じゃねェんだもんな」
足首を覆う海水に力がゆっくりと抜けていく。だが、サンジの腕のお陰でふらついたり倒れたりする事は無い。私はサンジの体に凭れ掛かり、目の前に広がる碧に目を細めた。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「……オールブルーを見つけたら私も入れるかしら」
能力者になった事は後悔していない、この世界の常識に物申したいわけでも人魚のように泳ぎ回りたいと贅沢を言いたいわけでもない。ただ、サンジの夢に自身がいられない事を考えたら心臓が軋んだような音を立てるのだ。
「あなたの夢に私もいたい」
「おれの夢の出演者の一番上にはいつも君がいるよ」
オールブルーに限らずさ、隣で同じ景色を見てェんだ、とサンジは私と同じように広がる碧に視線を向ける。
「それに君のエスコート役を誰かに任せる気はねェよ、陸も海もおれが君を連れて行く」
約束、そう言ってサンジは腰に回していた腕を外して私を抱き抱える。その瞬間、柔らかな碧が私の目の前で美しく瞬いた。