短編2
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『……で、おれにどうして欲しいの?』
顔色を悪くした私の顔に彼は煙草の煙を吹き掛ける。面倒なのは勘弁してくれよ、とスマートフォンの画面から目を離さずに溜息をつく彼に笑顔を向ける元気すら無い。
『何?体調不良ですってアピール?』
黙り込む私に顔を顰めてソファに置いてあったバッグを乱暴に押し付ける彼。
『そんな体調悪ィなら帰れば?』
まだ、電車あんだろ、と投げやりな返事を寄越す彼にとって私の存在はアプリゲームよりも格下なのだろう。私が倒れるよりも自身のマイキャラが倒れないように操作する事の方がどうやら大事らしい。
『……もう、いい』
私はバッグを掴むとテーブルの上に鍵を置く。遅かれ早かれ彼と私の道は違っていたのだろう、逆に早めに気付いて良かったのかもしれない。こんな状況でも彼は私を見ようとはしない、鍵すら視界に入っていないのか背後から場違いな台詞が聞こえてくる。私はそれを無視して揺れる視界の中、彼のマンションを飛び出した。彼とはそれっきりで終わった。何度かメッセージが届いたが再度、別れを切り出した私に逆ギレをする始末だ。彼に言わせれば「あれぐらいでマジになる女なんてこちらから願い下げ」らしい。私は怒りというよりも呆れて言葉が出なかった、彼のどうしようもなさと自身の見る目のなさの両方にだ。
それから二年、男なんていらないと意地を張り続けて独り身を謳歌していた私の前に一人の男が現れた。細かい所は割愛するが押して押される内にその気になってしまったのだ、軟派で女好きな印象しか無かった筈なのに今では最愛と呼べるまでに関係は進んでいた。だが、未だに元彼の事がトラウマになっているのか私はサンジに弱みを見せる事が出来ない。
「ナマエちゃん、悪ィ。忘れ物したから一旦、おれん家に寄ってもいいかい?」
「えぇ」
助手席に座っている私は出来るだけサンジに違和感を与えないようにへらりと笑って話題を振る。白い顔には普段よりも濃くチークをいれた、薬だって家を出る前にちゃんと飲んできた。ここは私の演技力次第だ、恋人を騙しているようで心苦しいが以前のような経験はもうしたくない。
『……で、おれにどうして欲しいの?』
決して合わない視線に酷く迷惑そうな顔。サンジに同じ事を言われたら私はまた別れを告げるのだろうか。それとも、我慢して悲しみを飲み込むか。その時にならないと答えは出て来ない。
マンションの駐車場に車を止めたサンジは車を降りようとはせずに私の方に体を向ける。サンジの手がハンドルから離れ、空いた手が私の額に触れる。
「微熱以上ってとこか」
へ、と気の抜けたような声が静かな車内に響く。状況が飲み込めない私を放置してサンジはテキパキと私の荷物を肩に掛けて外に出る。そして、助手席の扉を開けるとあろうことか私を抱き上げた。
「レディの不調に気付かねェほど鈍い男じゃねェよ」
「……本当に大したことないの」
「大したことねェなら余計に無理しちゃ駄目だよ、これからもっと酷くなっちまったら大変だろ?」
だから、今日はデートはお預け、とサンジは私の額に口付けを一つ落とす。そして、エレベーターに乗り込むと階のボタンを押して私を安心させるように優しく声を掛ける。
「明日も休みにしといて良かった」
「どうして……?」
「君をベッドに一人置いて行くのは嫌だから」
エレベーターの扉が開くとサンジは長い足を足早に動かして廊下を進む。部屋の前に着くと一度だけ断りを入れて私を下に降ろすサンジ。スラックスの尻ポケットから鍵を取り出し、それを差し込むとサンジは私を先に家に入れる。
「靴は自分で脱げるかい?フラフラしねェ?」
おれが脱がそうか?と特徴的な眉毛をハの字にしているサンジを見ていたら勝手に不安になっていたのが馬鹿らしくなる。サンジは私の足元にしゃがみこむと足首のストラップを外す。
「体調が悪ィのにおめかしして来てくれてありがとう」
「楽しみ、だったから」
それだって嘘は言っていない、サンジとのデートはいつも楽しい。だから、少しでも綺麗な格好をして会いに行きたかった。
「それが聞けただけで十分さ」
サンジはエスコートするように私を支えるとリビングのソファに荷物を置いて、寝室に向かう。
「サンジに聞いて欲しい事があるの」
「君の身体が辛くねェならどうぞ」
私を寝かせたサンジはベッドに腰掛けて私の頭を撫でる。無理しねェ程度にね、と続けられた言葉に視界がぼやけていけない。
「……サンジにね、面倒くさそうな顔をされたらどうしようって怖かったの」
元彼と過ごした日々は気を使ってばかりだった、彼のご機嫌をうかがってお飾りのように隣で笑っていた私は今思えば滑稽だ。何であんな男に必死になっていたか分からない。
「おれさ、どんな顔してた?」
サンジの手が私の手を握る、親指が手の甲を撫でるのがくすぐったい。
「大事にされてるって分かる顔」
「そう、おれは君を大事にしてェの」
心配出来る事だって嬉しいくらいさ、とサンジは握った私の手を自身の口元にやり触れるだけの口付けを落とす。
「クソ野郎は惜しい事をしたね」
「……あっちは清々してるわよ」
「男はさ、馬鹿な生き物なんだ。失って、もう触れられねェ事に気付いた時に本当の大事なものに気付くんだ」
そいつが後悔したってもう君はうちの子だから絶対ェ渡さねェけど、と顔を顰めるサンジ。うちの子という響きがくすぐったくて私は毛布の中に身を隠す。毛布の外から聞こえてくるサンジの声は私への心配がこれでもかと滲み、私の抱えていた不安をゆっくりと塗り替えていくのだった。