短編2
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手首に嵌められた海楼石の手錠が全身の力を奪っていく、だらりと力の抜けた身体を壁に預けてニタニタと笑う男の顔を睨み付ける。分が悪いのは間違いなくこちらだが気持ちだけは折れてはいけない、こういう時こそ弱みを見せずに気丈に振る舞う方が賢い選択だ。
「その生意気な瞳も唆るよ、ナマエ」
「汚い口で名前を呼ばないで」
男は片側の口角を上げながら私の頭を鷲掴むと顔を近付けて、黒足の名を出す。自身の名よりその名を出された方がダメージを受けると思われているのか男は達者な口でサンジをこき下ろす。
「あの、ブロンドは来ない。見た目通りの女々しい腰抜け」
彼の助けを待つより君が徒歩で帰った方が幾分かマシさ、とニタニタ笑う男はきっと私の事もサンジの事も理解していない。
「可哀想な人」
「どういう意味かな、お嬢さん」
男は私の頭を鷲掴みにしている手に力を入れる。これ以上、煽ったら私の頭を粉砕でもさせるつもりなのだろうか。
「直ぐに分かるわよ、嫌でもね」
私の減らない口に男は気分を害したのか先程の紳士ぶった口調を捨てて、直ぐに殺してやる、と腰に引っ掛けていたナイフで私の頬を撫でる。肌に冷たい剣先が触れるのと同時に静寂を壊すように扉が何者かに破壊された。男は舌打ちを一つこぼすとナイフをしまい、扉の方を睨み付ける。だが、もう遅い。男はやはり無知だったのだろう、私に手を出すイコール自身の命が脅かされる危険性に気付いていないのだからお気楽なものだ。
「……薄汚ェ手でおれの女に触るな」
金髪の隙間から覗いた瞳の奥は熱を持っている。以前、サンジは私にこう教えてくれた。火は赤よりも青に変化した時が一番熱い、と。今のサンジの瞳はまさにそれだ。
「王子様は遅れて登場かい」
ニタニタと笑う男の頭に強烈な蹴りが入る。
「城の場所が分かりにくてな、案内もまともに出来ねェ地図なら端から寄越すんじゃねェよ。クソ野郎」
人体から聞こえてはいけない音が鳴る、粉砕されたのは私の頭ではなく目の前の男の頭だった。男は叫ぶ事も出来ずにサンジの足の下でのたうち回り悲惨な事になっている、サンジは男の腰からナイフを取るとそれを男の頬に当てる。
「おれは料理人なんだが、手元が狂っちまったら悪い」
「サンジ、それ以上は駄目よ」
流石に目の前で人間の解体ショーが開かれるのは勘弁して欲しい、それに魚とは違って捨てる所しか無さそうな男に興味は無い。
「優しいレディに感謝しろよ」
そう言って、サンジはナイフを男の手が届かない場所に投げ捨てる。そして、ナイフと一緒に腰に下がっていた鍵を手に取り、私の手首に嵌っていた海楼石の手錠を外す。
「助けに来るのが遅くなってすまねェ」
痕が付いて赤くなってしまった手首に視線をやり、サンジはそう言って頭を下げる。私は急いでサンジの顔を上げさせる、サンジが頭を下げる必要なんてこれっぽちも無い。
「信じてたから」
「ん?」
「サンジが助けてくれるって信じてたから私は大丈夫よ」
数時間ぶりにサンジのぬくもりに触れた。太い首に腕を回してサンジに飛び掛るように抱き着いた。私をしっかりと受け止めたサンジは私の背中に腕を回して、こう口にした。
「君の信頼を裏切らない結果になって良かったよ」
サンジが私を見捨てる事なんて一生ないと言い切れるのはサンジが色々な形で私に見せてくれたからだ。おれは君が大事だよ、と飽きもせずに教え込まれた結果だろう。
そのまま私を抱き上げたサンジは破壊した扉から外に出る。サンジの首に腕を回したまま、私はある一つのお願いをする。
「ねぇ、サンジ」
「なぁに」
「おれの女ってもう一回言って」
サンジは先程の自身の発言を思い出したのか白肌をポッと赤くさせる。
「……あー、あれはちょっと乱暴な言い方だったね」
ごめん、と謝罪が続きそうなサンジの口を手で押さえて私は首を横に振る。
「あの状況でときめいちゃった」
普段のサンジは私を女だとは言わない。女の子、レディ、とお伽噺のように甘い呼び方ばかりをする。そんなサンジが私を女だと言ったのだ。しかも、おれの女だと。
「サンジのものって宣言されたみたいで嬉しかったの」
「君を物扱いする気は更々ねェが、君はおれのだよ」
薄汚ェ野郎に攫われていい女じゃねェ、とサンジは私に顔を寄せて額に口付ける。落ち着いた低音がぞわりと肌を撫でた、こういう時のサンジからは覇気とは別の何かを感じる。
「……ったく、可愛い顔しちゃってさ」
また攫われたら堪んねェよ、とサンジは私の顔を隠すように私の服のフードを引っ張ると私の唇を攫っていく。大きなフードが影になり、私達のキスシーンを隠す。
「船に戻るまで可愛い顔は隠してて」
「……また攫われても迎えに来てくれる?」
「またが起こる前に君を隠しちまうかもね」
そう言って悪戯に笑うサンジに私はもうとっくに攫われていたのかもしれない。海楼石の代わりに私の手首に嵌められたのはサンジの独占欲という見えない鎖だった。