短編2
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以前、約束したお迎えの機会は中々やって来ない。店の繁忙期と彼女のテスト期間や就活、年の差カップルである二人の時間は中々噛み合わない。同棲していたって社会人と学生では朝出る時間すら噛み合わない日は噛み合わない。オーナー特権で店を休みにしてもいいが、そんな事が彼女にバレたら彼女はきっと自身のせいだと気にする。それを思えばサンジはこのもどかしい状況を飲み込む事しか出来なかった。だが、そんなサンジにチャンスが巡って来た。
『迎えに来て欲しい』
『傘忘れちゃった』
『朝、サンジくんは何て言いましたか?』
『……今日は雨が酷くなるって言ってた気がする』
『っ、くく、嘘、嘘。怒ってねェって』
サンジはスマートフォンを肩で固定しながら耳に当てる。手は素早くエプロンを外し、従業員達には筆談でこれから一時間程抜ける事を伝える。察しの良い従業員達はニヤニヤとしながら小指を立ててみたり口パクでサンジを冷やかす。サンジは手をシッシと払い、従業員達を持ち場に戻すと自身は車のキーをスラックスのポケットに突っ込み傘を持って外に出る。
『濡れねェ所にいる?』
『建物の中にいるからそれは大丈夫』
『それなら良かった』
なるべく早くお迎えに上がるから待ってて、ハニー、と甘い声を意識して電話の向こうにいる彼女に語り掛けるサンジ。サービスのリップ音を鳴らせば向こうからも控えめなリップ音が鳴らされる。
『……飛ばすか』
『安全運転!』
先程聞こえた小鳥のさえずりとは打って変わって賑やかな声が返ってくる。若いねェ、と年寄り臭い事を考えながらサンジは愛車に乗り込む。
『本当に気を付けて来てね』
『君に会いてェ気持ちが暴走しねェように祈ってて』
『……』
『無言は流石にサンジくんも傷付いちゃうなァ』
『ばか』
キャンパス内でそんな甘い声を出されたら今すぐに飛んで行きたくなってしまうのは仕方ない事だろう。
『いい子で待ってて』
『はぁい』
サンジは彼女が切るのを待ってから電話を切る。ナビ横にあるスマートフォン立てにスマートフォンを置くと彼女との約束を思い出し、安全運転で彼女の大学まで向かうサンジ。
車内で流れる流行りのバンドサウンド、勿論サンジの趣味とは違う。元々、音楽には詳しくない。邦楽よりも洋楽の方が作業には向いているな、程度の感情しか無いが彼女が好むものは何でも知っていたかった。こんなのも知らないの、おじさんね、と厳しい意見を貰うのを阻止したかった気持ちも少なからずあるが彼女が好きなものを自分自身も好きでいたかった。雨粒が窓に当たり雨音を鳴らし、車内ではサンジの口ずさむバラードが鳴っている。ガラついた低音が甘い愛を謳いながら赤信号で止まる。スマートフォンに素早くパスワードを打ち込みメッセージアプリを開くサンジ。
『もうちょい、あと二分ぐらいかな』
『待ってるね』
直ぐに既読がつき、左側に彼女のメッセージが届く。それにふわりと笑ったサンジは青信号に促されるようにアクセルを踏む。
大学から一分程度のコインパーキングに車を停め、傘を差して大学の門に近付くサンジ。雨は少しだけ雨脚を弱め、傘を一本しか持っていないサンジの味方をする。部外者が大学内に入っても大丈夫なのだろうか、と彼女に連絡しようとしたサンジの腰に衝撃が走る。
「うおっ……!」
「サンジくん!」
タックルするように抱き着いてきたのは恋人である彼女だ、サンジは彼女の腰を抱くと少しだけ眉間に皺を寄せる。
「冷てェんだけど、何処で待ってたの」
「……早く会いたくて外で待ってた」
あ、でも、屋根はあったよ、と彼女は申し訳程度の屋根を指差す。小柄な彼女なら雨風は防げるだろうが寒さを防ぐのはどうやっても無理だろう。
「少しだけ傘を預けてもいいかな」
自身が着ているジャケットを脱ぎ、彼女の肩に掛けると満足そうに頷いて傘を彼女の手から受け取るサンジ。
「レディが身体を冷やしちゃいけねェよ」
「これじゃ、サンジくんが寒くない?」
「ん、これならあったけェ」
彼女の腰をぎゅっと自身の方に引き寄せるサンジ、ぴったりと張り付いた彼女の子供体温が愛おしい。歩幅を合わせる感覚はもう無い、勝手に足が彼女の歩幅を覚えてしまったからだ。
車のドアを開けて助手席に彼女を座らせれば、行きとは違う華やかさが車内を演出する。サンジも手早く運転席に乗り込むとエンジンを掛けて来た道を戻る。
「お迎えありがとう」
「いーえ」
「お店は大丈夫……?」
「この雨だ、おれがいなくても店は回るさ」
このままデートしてェのは山々だが一時間ぐれェで戻るって言っちまったんだよなァ、とサンジは先程の自身の発言を後悔する。
「これもデートみたいで楽しいけど」
「……戻りたくねェな」
赤信号で停止したサンジはそう言ってハンドルに頭を預けて彼女に片手を伸ばす、彼女の頬を指で撫でながら愛おしむような視線を彼女に向けるサンジ。
「おれと逃避行なんてどう?」
「私はお家で課題しまーす」
「真面目だねェ」
「不良のサンジくんとは違うの」
不良って年じゃねェけど、と苦笑いを浮かべながらサンジは車を発進させる。あと十五分程度で二人が暮らすマンションが顔を出す、職場にも大学にも近い物件を選んだ事をはじめて後悔した。
「課題が終わったら丁度サンジくんが帰ってくる頃だから、楽しみは後に取っておくの」
「今すぐぎゅーって抱き潰してあっついキスかましてェんだけど」
彼女は口元に手を当ててくすくすと肩を揺らす、普段の余裕があって大人な仮面は雨によって流されてしまったのかもしれない。サンジは煙を吐き出しながら運転席から見えるマンションを睨み付けた。まだ下がっとけ、と舌打ちをする姿に彼女はまた小さく吹き出すのだった。