短編2
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明日が来るのが嫌だな、と思った。この暖かい腕を抜け出して冷たい現実に一人飛び出すのはどうやったって勇気がいる。そして、残念な事に私に戦う力は残っていない。飛び出したって抜け落ちた羽では満足に真っ直ぐ飛ぶ事すら出来ない、低空で羽をばたつかせて顔から着地しては恥をかくだけだ。
「……寝たくないなぁ」
溢れた独り言は間違いなくサンジに心配を掛けている。何でもないよ、と続く筈だった言葉は気付いた時には嗚咽に変わっていた。
「おれも同じ気持ちだよ、朝が来なきゃ君を独り占め出来るのに残念だ」
一定間隔でポンポンと背中を叩くサンジ、強ばっていた身体からは力が抜けてサンジに全身を預ける形になる。
「君は頑張り屋だからたまに心配になる」
「どこが」
サンジに泣いて縋っている時点で頑張れていない。それに行きたくないから行かないはもう新人でもない私には通用しない、黙って社会の歯車の一部になるのが最善だと頭では分かっているのに心が順応しない。
「人の頑張りはひとつじゃねェよ」
目尻に溜まった涙の粒を指先で掬い取るサンジ。
「泣いたって明日は来るよ。そして、君はきっと逃げねェで明日も行く。今、泣いている姿が嘘みてェに背筋を伸ばして君は出て行くんだ」
なぁ、それのどこが頑張ってねェの、とサンジは私に問い掛ける。
「……サンジは私を買い被ってる」
「君は君自身にもっと優しくしたらどうかな」
どの口がそれを言うのだろうか、いつも私が自分自身に優しくする前にサンジの優しさが私に手を差し伸べてくる。サンジの優しさは途切れる事が無い、その間に私は自分自身に優しくする方法を忘れてしまうのだ。
「だって、サンジがいるもん」
「おれ?」
「誰よりも私に甘い」
「……あー、それは確かに否定出来ねェなァ」
分厚い胸板に擦り寄る私の髪に指をくるくると絡めながらサンジはそれを肯定する。頭上から降ってくる声は顔を見なくてもどんな表情をしているかが直ぐに分かる。きっと、声に負けないぐらい甘い表情をしているのだろう。
「おれの生き甲斐だからさ、許してよ」
「私を甘やかすのが?」
「君を甘やかして君を駄目にするのが生き甲斐」
見上げた先にニヤリと三日月を描いた口元が見えた。悪い笑い方、と苦笑を溢す私にサンジはこう続ける。
「今日はさ、駄目になってもいい日だよ」
「……サンジ」
手を差し伸べてくる優しさを払う事なんて出来やしない。
「朝が来るまで良い子の君はお休みだよ、レディ」
瞼に触れたサンジの熱が身体を包み込む、こんな優しい夜が待っていてくれるのなら私はまた明日を生きていける。抜け落ちた羽で必死に空を飛ぶ私をアシストするこの手は誰よりも優しかった。