短編2
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「サンジって執事みたいよね」
白い品の良いティーポットを傾けて揃いのティーカップに紅茶を注ぐサンジの姿は海賊というよりもまるで執事のようだ。完璧な体内時計で時間を計り、ここぞというタイミングで出されるサンジの紅茶。日に日にキッチンの棚の一角を埋めていく茶葉はサンジが女性陣の為に自身のお金で買っているものだ。体調やその日の気分に合わせて出される三人三様の紅茶は日々の楽しみになっている、特に紅茶を好んでいる私にとってはサンジのこの気遣いがありがたい。
「こんな美しいお嬢様に仕えられるなら執事も悪くねェかも」
どうぞ、とソーサーに乗ったティーカップが私の目の前に差し出される。鼻孔を掠める茶葉の香りに頬を緩ましていれば、執事のように私の斜め後ろに立つサンジ。
「執事っぽい?」
「雰囲気は満点よ」
「君の執事にいかがですか、お嬢様」
片手を胸に置いて腰を折るその姿は悔しいぐらいに絵になる、サニー号のキッチンが洋館に様変わりしてしまいそうだ。執事に成り切ってすまし顔をしていたサンジは急に海賊らしい笑みを浮かべると椅子に座る私の肩を抱き、こう口にした。
「おれが様になるのは執事でも海賊でもねェよ」
「?」
「君の恋人」
語尾に見えるハートは幻覚でも幻聴でもない。私の肩を抱いているサンジから四六時中ポンポンと飛んでくる一部だ。サンジは私の頬に顔を寄せて控えめなリップ音を鳴らす、肌に触れたサンジの唇はああ見えて柔らかい。
「こら、冷めちゃうわ」
「っ、くく、台詞を取られちまったね」
私に注意されたサンジは正面の椅子に座って私を観察するように頬杖をつく。ふぅふぅと火傷しない程度に冷まして、サンジのブレンドした紅茶を嚥下する。口の中に広がるすっきりとした甘さが最近のお気に入りだ。
「やっぱり、サンジが淹れた紅茶が一番ね」
先程、隣で紅茶を淹れる工程を見ていたがその手順は基本と何ら変わりはしなかった。
「コツがあるのかしら」
そう探りを入れる私にサンジは何かを思い出したような顔をする。そんなサンジの様子にカップをそっとソーサーに戻し、続く言葉を待つ。不意にサンジの碧眼が静かに私を捉えて、次の瞬間ふわりと微笑んだ。
「コツとは違うけどさ、君がおれの紅茶を飲んで美味しいって笑ってくれますように、って思いながら紅茶を淹れてるから」
きっと、それかな、と目尻を下げるサンジにティーカップをソーサーごと落としてしまいそうだ。砂糖もミルクも足していないのに過剰な恋人からの糖分で胸焼けがしそうだ。
「……今日は文句を言うつもりだったのに」
「エッ、文句!?」
「サンジの美味しい紅茶のせいで他の紅茶が飲めないの」
これは由々しき事態だ、島に上陸して飲んだ紅茶も寝付けずに自身で淹れた紅茶も何故か今ひとつなのだ。舌が肥えるとはきっとこういう事を言うのだろう。
「あー、君が困ってる事を承知で一つ言わせてもらいてェ」
「なぁに」
サンジは自身の顎髭を落ち着き無く触りながら、へらりと笑みを溢す。
「……おれのだけ飲んで欲しいなァ、なんて我儘かい?」
控えめな言い方とは違い、言葉はどこまでも勝手だ。なのに、可愛く見えるのは恋人としてのフィルターだろうか。私はカップに口付けると紅茶の味を舌に馴染ませる。サンジの淹れた紅茶からは私の好みを知り尽くしたような味がする。きっと、その通りなのだろう。
「スコーンは付く?」
「あぁ、ジャムはラズベリー?マーマレード?」
どちらも迷ってしまうが今はラズベリーが優勢だ。
「その顔はラズベリーかな」
「執事だったら引く手数多ね」
「お嬢様はごっこ遊びがお好きなようで」
喉を鳴らしてサンジは笑う、ごっこ遊びにしては色気を過剰に出し過ぎではないのかと些か疑問は残るが私はそれに便乗するようにこう口にした。
「恋人ごっこをしましょうか、ダーリン」
「残念、そっちはごっこじゃねェよ」
そう言って席から立ち上がったサンジは私の額に口付ける。
「君にはいつだってマジだよ」
言い逃げをするようにスコーンとジャムを取りに行くサンジ。私は急いで椅子から立ち上がり、その大きな背中に飛び掛かるように抱き着くのだった。