短編2
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今朝、出勤して行ったサンジはもっと身軽だった。少なくとも顔を隠す程の大きな薔薇の花束なんて抱えていなかった。戸惑いを隠せずに花束を凝視する私にサンジは見惚れてしまうような甘い笑みを浮かべて花束を差し出す。
「お口が開きっ放しだよ、レディ」
サンジの指摘に私はハッとなり自身の開きっ放しだった口を急いで閉じて、差し出された花束を両手で受け取る。ずしりと中々の重さがある花束の意味を探ろうと私の頭はフル回転で回っている。
「今日も暑ィね」
サンジは革靴を脱ぎながら、ネクタイの結び目に指を引っ掛けて首元を緩める。パタパタと手で扇ぎながら風をシャツの中に入れようとしているサンジは私の横を通り抜けて脱衣所に向かう。
頭をフル回転させても今日が何の日だか分からない。誕生日はとっくに終わっているし二人の記念日はまだまだ先だ、それにサンジの事だから意味も無く記念日を量産する可能性だって考えられる。初めてキスした日に初めて手を握った日、そんな小さい記念事をいちいち覚えていそうだ。私が花束と見つめ合っている間に手洗いと着替えを済ませたサンジがいつの間にか私の傍に立って顔を覗き込んでくる。
「いらなかったかい?」
「そういうわけじゃなくて、ただ……」
「ただ?」
サンジの落ち着いた低音は色気を帯びていて耳に毒だ、今は少しの切なさがプラスされ余計に私を惑わす。声だけで他人の心を揺さぶるなんて狡い人だ、そんな人が何を考えて私にこの薔薇の花束を贈ったのだろうか。これだけの花束に理由が無いなんて考えられない。普段から確かにプレゼントという名の貢物をされているが、それと一緒とは考えられない。
「私、何かを忘れてる?」
「へ」
今度は私の代わりにぽかんとしてしまったサンジが首を傾げる。
「今日って特別な日だったりする……?記念日とか」
「いーや、全然」
ただ、おれが君に渡したかっただけ、とサンジはあっけらかんとした様子で答える。記念日を忘れていたわけじゃない事実にホッと胸を撫で下ろし、私はサンジに花束のお礼を伝える。
「ありがとう、飾らしてもらうわね」
「嬉しかった?」
「えぇ、とっても」
花束をぎゅっと抱き締めながら薔薇に顔を近付ける、優雅で甘い香りがする薔薇はまるでサンジのようだ。
「サンジみたいな花よね」
「薔薇が?」
「情熱的なところなんてソックリよ」
そう伝えれば、サンジは何か言いたげな顔をして溜息をつく。その溜息は幸せを吐き出すというよりも幸せで悩ましいといった種類の溜息だろう。
「君の美しさに似てる花だと思ったんだ」
「ふふ、考える事は一緒ね」
サンジと私の間で薔薇達が苦しそうに息をする、私の背中に腕を回したサンジの見事に鍛えられた分厚い体が薔薇を潰す。こちらを見つめてくるサンジの瞳を見つめ返せば、まるでキスでもしているかのような気分になる。額にコツンとサンジの額が当たり、鼻同士が触れ合う。
「今日が記念日じゃねェなんて、嘘」
「嘘?」
「おれが薔薇に初めて出会った日だよ、レディ」
美しいおれだけの薔薇にね、そう言ってサンジは私の額に唇を触れさせる。
「あの時は気を引きたくても出来なかったからさ」
「初対面で薔薇の花束は無いわね」
「っ、くく、だろ?」
サンジは花束を抱いた私を姫抱きにしてリビングに続く廊下を歩く、少しだけ型崩れした薔薇の花束が愛しくて口元が緩んでしまう。
「お返し考えておいてね」
私の言葉にサンジは片方の口角をニヤリと吊り上げて悪い笑みを浮かべる、これはきっと碌でもないお返しを思い付きでもしたのだろう。
「じゃあ、今夜は薔薇の数だけおれのおねだりを聞いてもらおうかなァ」
何本あるか分からない薔薇の花束をぎゅっと抱き締めながら、私はこう口にした。これが全部サンジのおねだりに変身しても今夜は許してあげる、と。