短編2
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控えめな君も素敵だ、と口にしながらも少しだけ寂しそうな顔をしたサンジ。その顔はすぐに切り替わり普段の締まりの無い顔に戻る。もっと甘えて欲しい、もっと彼女の我儘に振り回されたい、と願っても天邪鬼で恥ずかしがり屋の彼女にはその甘えるという行為のハードルが高いらしい。恋人になって随分と経つが甘える事に慣れていない彼女とサンジの間には大きな壁がある、片方が甘えさせたいと願ったところでやり過ぎては押し付けになると最近はサンジの方が逃げ腰になる始末だ。今回もきっとそうなるのがオチだとサンジは引き際を探す、頬を赤くして口では素直じゃない事ばかりを吐く彼女の愛らしい姿を見れただけ御の字だとサンジは彼女の手をぱっと離して自身のスラックスのポケットに手を突っ込む。
普段だったら彼女はすぐにここから逃げ出してしまう。まるで猫のように軽やかにサンジの前から姿を消す、サンジが歩み寄った分、彼女は離れて行く。その歯痒さに何度、空になった拳を握り締めたか分からない。
「さ、さんじ」
たどたどしい呼び方にサンジは目尻を下げると彼女の声に耳を傾ける。なぁに、とサンジの口から出た声は彼女限定だ。蜂蜜のように甘く、他のレディには聞かせられないような柔らかな音をしている。
「……急いでるの?」
「いや、今日は仕込みも終わってるし夕方まではフリーだよ?」
「なら、呆れちゃった……?」
言葉足らずな事には変わりはないが今日の彼女は何かに怯えているような雰囲気がある。
「呆れるって何にかな?」
視線を合わせるように屈んだサンジの首に彼女の腕がぎゅっと回される。苦しくはないが彼女からの初めてのアクションにサンジはぴしりと動けなくなってしまう、体とは裏腹に脳はグルグルと地球儀のように回り歓喜と困惑をシャッフルしている。
「……可愛くないから呆れた?」
「誰が可愛くねェって?」
「私」
サンジの胸板に顔面を押し付けながら懺悔をするように忙しく口を動かす彼女。そして、くぐもった声と濡れたシャツ。固まっていた体を動かしてサンジは彼女の背中に腕を回す、屈んでいるせいでお互い不格好な姿勢だが今は一秒でも早く彼女の涙を止める方が先だ。
「おれが教えてあげるから、よく聞いてて」
君の可愛いところ、そう言ってサンジは指折り数えながら彼女の可愛いところを口に出していく。その中には彼女自身が今まさに後悔している素直じゃない一面や甘え下手な一面も含まれている、サンジにとったら彼女の欠点すら愛おしくて堪らないのだ。
「……私、サンジに甘えてるの」
顔を上げた彼女の濡れた瞳がサンジを映す。甘えるとは程遠い普段の彼女の行動を思い出し、サンジは首を傾げる。
「ずっとサンジの優しさに甘えて逃げてたの」
いつも行動で示すのはサンジ、そして私は可愛くない態度でサンジを突き放すの、何回シミュレーションしても練習通りの可愛い甘え方なんて出来やしない、と彼女は勢いに任せてとんでもない事を口にする。
「あのさ、既に可愛くてたまんねェんだけどシミュレーションって?練習って何だい?」
自身の発言に気付いたのか彼女は顔色を悪くして自身の顔を両手で覆った。
「……忘れては?」
「あげられねェなァ」
戯れつくようにサンジは彼女を一度ぎゅっと抱き締めるとその浮かれたテンションに任せて彼女を抱き上げる。突然の浮遊感に驚いた彼女はサンジのジャケットをぎゅっと握り締める。
「ねェ、次は君がおれに教えて」
「へ」
「君の可愛いところ」
それでおれを練習台にして沢山甘えてみせて、とサンジは彼女の血色を取り戻した頬に唇を寄せた。何回、何十回、失敗しようとサンジと彼女の間にはもう甘い時間しか残っていなかった。