短編2
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私の前には三本の道がある。右、左、真ん中、道中にどんな仕掛けがあるか分からない先の見えない道だ。今、立っているこの場所を離れて私は何処に向かえばいいのだろうと時々漠然とした不安に襲われる。歩き方を忘れたわけではない、ただ、自分自身で選択した道が間違っていた時が怖いのだ。道が途中で途切れたら?大きな壁が立ちはだかっていたら?と先の不安ばかりが頭を過ぎって途端に一歩を踏み出せなくなる。
『ナマエちゃんの道は一つじゃねェよ。それにさ、間違えたら引き返せばいい』
それでも迷ったら、おれを呼んで、と言ってくれた恋人を頼る事は出来ない。私の人生に優しいサンジを巻き込む勇気はない。サンジは私よりも先を歩く大人であり自分自身で人生を選択してきた人だ。そんなサンジの前で弱音を吐くのは駄目な一面を晒すのと変わらない。
『しばらく会えない』
スマートフォンのキーボードを操作して何度も打っては消してを繰り返した文章は結局最初に打った味気のないものと何も変わりはしなかった。申し訳程度の絵文字を打ってみたりもしたが空元気をアピールしているようで直ぐに消してしまった。あえてサンジが見ないような時間を選びメッセージを送る自身の天邪鬼さについ呆れた笑みを浮かべる。自分自身の首を締めるのはいつだって自分自身と言うが今の私はそれを体現している。
『了解、無理しないでね』
この返事に既読を付けれないまま二日が経った。こっちの状況を察してか無駄を省いたようならしくない文章に胸がざわついた、遠ざけたのは私なのに都合が良い女だとまた嘲笑が溢れた。そして、三日、四日、一週間が経っても私の道は相変わらず決まらない。数ヶ月悩んでも結果を出す事が出来ない優柔不断な私が一週間で答えを出せるわけがないのだ。
『迷うのに疲れた頃に此処においで』
タイミングよく送られてきた言葉の下にはURLが貼ってある、そのURLを開けばサンジと数回訪れた事がある自宅から数分の所にある古き良きという言葉が似合うレトロな喫茶店のホームページが出てくる。窓際に置かれた本棚には店主の趣味なのか、店に来た客が置いていった物なのかは分からないが幅広いジャンルの本が本棚の列に窮屈そうに並べられている。あぁ見えて博識であるサンジは時々英字が並んだ小難しそうな小説をパラパラと捲っては涼しい顔をして読んでいるが英語に弱い私は一頁で音を上げてしまう。
『会いに行っていい?』
『ありつつも君をば待たぬうち靡くわが黒髪に霜の置くまでに』
どうやら今日読んでいる本は横文字ではないらしい。私はその辺に転がしていたバッグを手に取り玄関から飛び出した。今だけは道を間違えたりはしない、サンジに続く道はいつだって明るいのだ。
入り口の扉に付いた鐘がカランカランと鳴る、その音に真っ先に顔を上げたサンジは私に視線を寄越して安心したように微笑んだ。入り口から一番遠い席に座っているサンジに近付くと私はサンジの正面の椅子に手を掛け、こう口にする。
「相席しても?」
「あぁ、君専用の席だよ。迷子のレディ」
器用に片目を閉じたサンジは正面の席を指し、どうぞ、ナマエちゃん、と紳士的に笑う。
「それで霜のように白く染まった黒髪はどこ?」
「君が早く来てくれたから白くならずに済んだよ」
クルクルと自身の襟足の髪を指に巻き付けるサンジにくすくすと肩を揺らしながら、元々の色から違うわ、とツッコめばサンジはドヤ顔で私を見つめる。
「君が愛したキューティブロンドだよ」
「っ、ふふ、あなたと話してると悩んでるのが馬鹿らしくなるわ」
私の手の上に自身の手を重ねるサンジ、簡単に私の手を隠してしまうその大きな手が私の手の甲を撫でる。
「こんなだけど一応、君よりちょっと大人なんだよ、おれ。君が寄り掛かっても潰れねェぐれェには」
「……うん」
「だからさ、君は信じた通りに行けばいいよ」
困ったらおれがいる、ちゃんと君の後ろにいるから安心して歩いて行けばいい、とサンジは立ち止まる私の背中を押す。
「だけど、時々はおれに構って欲しいなァなんて……」
「っ、もう、そっちが本題?」
「さぁね」
わざと冗談めかした言い方をするサンジの本心はきっとそこではない、私が気負わないようにしてくれているのだろう。
「ふふ、迷ったら連れ出してくれる?」
「デートの誘いなら四六時中対応してるよ」
「社会人とは思えないわね」
大人は息抜きも上手ェの、と大した年の差も無いのに大人ぶるサンジ。サンジのこういう所に私は確かに救われている、年齢の差というよりも経験の差と言えばいいのかどうやってもサンジに勝てない所だ。
「ナマエちゃんの道は沢山あるよ、右に左に目の前に。だけどさ、どの道も最後に行き着く場所は決まってるって言ったらどうする?」
「ゴールって事?」
「あぁ」
サンジは煙草に火を付けて煙を燻らせる。片方の口角を上げてニヤリと狡い笑みを浮かべながら静かな店内に爆弾をゆっくりと投下する。
「ここがゴールだよ」
そう言ってサンジは自分自身を指差す。それだけは間違えちゃ駄目だからね、と結ばされた小指。子供騙しのような指切りの歌が二人の間に流れる。歌っているのはサンジだけだが小指を離さない私もきっと同じ気持ちなのだろう。私はテーブルに突っ伏したまま、その脳天気な歌が終わるのを待つのだった。