短編2
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「……ッ」
妙な胸騒ぎがした、見知らぬ誰かに背中を無理矢理押されるような感覚に私は靴を履くのも忘れて裸足のまま甲板に飛び出した。この胸騒ぎの正体を探る為にキョロキョロと辺りを見渡せば、ひとつの違和感に気付く。普段だったら既に寝ている筈のサンジがいるキッチンから明かりが漏れているのだ、レシピを書いたまま寝落ちてしまったのだろうか。それとも消し忘れか、と私はこの治まらない胸騒ぎを否定するように理由を並べ立てる。だが、扉を開けた先の光景は私の胸騒ぎを肯定するものだった。
キッチンの隅の壁に寄り掛かり呼吸を乱すサンジ。額から玉のような汗をかき、怯えたように自身の手で耳を押さえるサンジの姿に私は動揺を隠せずにいる。
「サンジ」
震える足でサンジに近付き、その背中に腕を回す。サンジの焦点の合わない瞳を覗き込み、大丈夫だよ、大丈夫だから、とひたすら意味の無い大丈夫を繰り返す私なんかよりもチョッパーを呼んだ方が早いのに私はこのサンジを一人キッチンに置いていく事が出来なかった。
「私よ、ナマエ。それにここはサニー、あなたを傷付ける場所じゃないわ」
未だに危うげな呼吸を繰り返すサンジの背中を撫でながら、もうひとつの手はサンジの手をぎゅっと握る。ヘッドホンのように外からの音を遮断するサンジの手を退かして何度もサンジの名前を呼ぶ。
「……ヒュッ、は、っ、ナマエ、ちゃん」
「私に合わせてゆっくり息をして」
サンジの濡れた碧眼が私を見る、息の仕方を忘れてしまったかのように荒い呼吸を繰り返すサンジにゆっくりと見本を見せる。
ヒュー、ヒューと耳につく呼吸音は少しずつ落ち着いてサンジは正気を取り戻す。だが、暫くすると顔を両手で覆ってサンジは壁に頭を預けたまま黙ってしまう。私はどうしたらいいか分からず、その背中を擦っては不安を隠し切れずにキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「……迷惑掛けて悪ィ」
「迷惑なんてそんな……」
「おれさ、静寂がうるさくて眠れねェ日があるんだ」
はてなを浮かべている私にサンジは喉を鳴らして笑う。そして、他人事のように自らの状況をゆっくりと語り出す。
「静かな夜は声がするんだ、いつかの自分がおれを責め立てる。いつもはどうにか対処出来るんだけど久しぶりにあんな場所に行ったからかな、思い出しちまった」
そう言ってサンジは私の肩に頭を預ける。甘えているようでまったく体重を感じないそれに歯痒い気持ちになる。
「寂しいのかも」
「ナミと違って私の肩は無料よ」
「っ、くく、なら、ちょっとだけ」
サンジの力の抜けていない肩をグッと自身の方に引き寄せて冗談交じりにそう言えば先程よりも少しだけ体重が掛かる。
「……君が来てくれて良かった」
「チョッパーの方が良かったんじゃない?」
「おれを悩ますこの声が全部、君だったら良かったのにって思ってたんだ」
自分の声が恋人を苦しませるなんてごめんよ、と言う私にサンジは首を横に振る。
「……君の言葉は優しいから」
「優しい?」
「おれを愛してくれてる音がする。君の言葉からは尖った痛ェ音がしねェんだ」
ま、ここの奴らは皆そうだけどさ、と照れ臭そうに笑うサンジ。もっと周りに愛されていることを自覚して欲しいとこちらがどれだけ思っても鈍いサンジにはいつまで経っても伝わらない、そんなサンジにしては今の回答は悪くなかった。満点とは言えないがきっと皆が聞いたら喜ぶだろう。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「静寂がうるさい日は一緒にいましょ」
ただ、あなたが一人で苦しまないようにその耳を一緒に塞いであげられる人でいたい。
「……気持ちは嬉しいけど、レディのシンデレラタイムを奪うわけにはいかねェよ」
「一晩中、愛を囁き合うのはお嫌い?」
わざとサンジの耳元に顔を寄せて意味深にそう囁やけば、サンジは眉をへにゃっと垂らして直ぐに降参する。そんなにチョロくて大丈夫なのかと心配になるが今はこのチョロさがありがたかった。
「もう、傷付く夜はおしまい」
「……どうしよ、君に逢いたくて毎晩呼び出しちまいそう」
サンジの表情から憂いが消えた、赤く腫れた目尻は痛々しいが今の顔の方がよっぽど良い。
「やっと、晴れたわね」
「ん?」
「雲が晴れた方が月は綺麗って話」