短編2
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手術室のベッドの上で思い出したのはサンジの愛してるの言葉だった。麻酔を打ち、ゆっくりと意識が落ちていく中で響いた愛してるの音は確かに私の背中を押した。次に目を開けた時に一番最初に聞くのはこの耳触りのいいサンジの低音がいいと遠ざかる意識の中で私はひとり思った。
カーテンの隙間から溢れる陽の光が瞳を照らす、手術の日から何日が経過しているか分からないが久々の陽の光は眩しくて仕方ない。私は見慣れた病室の中を見渡してある物を見つける、椅子に掛かったままのジャケットがサンジが此処にいた事を教えてくれる。
「……サン、ジ」
掠れた声でその名を呼ぶ、病室の窓から聞こえる蝉の鳴き声に掻き消されてしまいそうな弱々しい音。なのに、何故だがサンジには届くのだ。廊下から聞こえるバタバタと騒がしい革靴の音に私は苦笑いを浮かべる。まず、最初に他の病室の人に迷惑でしょとサンジを叱らなければいけない。
「ナマエちゃん……!」
勢い良く開いた扉から勢いを殺せずスライディングのように病室に入ってくるサンジ。数秒前まで説教だと意気込んでいた筈なのに私の口から出たのは違う言葉だった。
「あいしてるって、いって」
サンジは私のベッドに近付くと機械が沢山ついた私の腕を撫でる。そして、愛おしそうに目尻を下げると耳触りのいい低音を鳴らした。
「愛してる、君は?」
「あいしてる」
人は未知なる経験をすると大胆になるらしい、以前の私だったら甘える事も好きだと伝える事も恥ずかしがって結局有耶無耶にして逃げていた。なのに、今はその手に触れたくて力が入らない腕を動かそうとしている。
「すき」
動かし辛い手でサンジの手の甲を触る、口からは在り来りな台詞しか出て来ないが目の前のサンジの顔を見ている限り間違ってはいないのだろう。
「君の寝顔にすきって何度も言ったんだ。でも、君は寝てるから当たり前に返事は返って来ねェ……っ、だからさ、今ちょっと感動して言葉が出ねェ」
情けなくてごめんね、とサンジは私の手をぎゅっと握って自身の額に当てる。私はその小刻みに揺れる肩を見つめながら、サンジが落ち着くのを待った。
目を覚ましてから数日が経つ、普通に会話が出来るくらいに回復した私は車椅子を使えば移動だって出来るようになった。なのに、サンジは以前よりも過保護になり面会時間の全てをこの病室で過ごしている。仕事は大丈夫なのか、と聞けば臨時でゼフさんが店を回してくれていると言っていた。
「だから、心配しないで」
「退院したらお礼をしなくちゃね」
「いいよ、礼なんて」
だーめ、とサンジの額を指で弾けばサンジは額を押さえたまま痛ェと涙目で私を見上げる。
「愛の鞭よ」
「それならいくらでも♡」
そう言って額を突き出してくるサンジのお馬鹿さにクスクスと笑いながら私はその一緒に突き出たサンジのアヒルのような唇に自らの唇を軽く触れさせた。
「最近は飴派なの」
本当に甘やかされているのはサンジではなく私だ、会話や移動が出来ても未だに一人ではままならない事が多い。手術痕が傷んで眠れない夜だってある、サンジの前で痛い、痛いと泣き叫んだ事は無いがきっとサンジはそれにも気付いている。私が手を貸してほしいと言う前に手を差し伸べられて自然に甘やかされてしまう毎日だ。
「甘やかされるのは嫌いじゃねェよ」
ゆるりと下げられた目尻に再度、唇を寄せる。これは私なりの感謝であり後悔しない為の愛情表現だ。サンジの泣き顔の前で何も出来なかったあの日、私は後悔していた。手すら満足に動かせなかった事も盛大な寝坊をしてサンジに好きを返せなかった事も全部だ。
「最近の君は砂糖菓子みてェだ」
いつも甘ェ罠でおれを駄目にする、と言いながら私の目尻を撫でる指先は泣きたくなる程に優しい。サンジの目から見た私は本当に繊細な砂糖菓子や飴細工のようなものなのかもしれない。少しでも力を入れれば欠けてしまうような砂糖菓子。
「(……過保護なんだから)」
「ナマエちゃん?」
「私も駄目にして欲しいなぁ、って」
サンジは食い気味のイエスと共に私に甘い罠を仕掛ける、もうサンジ無しでは生きれない私はその罠にまんまと嵌まり、砂糖に溺れる蟻のようにサンジの飴を欲しがるのだった。