短編2
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料理上手な人と恋人になれば食生活は改善されると思っていた。だが、私は逆だった。サンジが部屋を訪れた日やデートをした日は問題ない、サンジが作る料理は勿論絶品だしサンジが見つけてくるご飯屋さんはハズレ知らず。問題はサンジに会えない期間だ、サンジの前では自炊が得意と嘘をついてどうにかこうにか誤魔化してきたが実際は自炊?無い無いと即答出来るレベルだし外食もサンジが作る料理の方が美味しいと気付いてからは足が遠退いている。元々、私の中で優先順位が低い事もあり、そこまで食事を重要視していない。そのせいかサンジに会わない限り、ウィダーインゼリーのような片手間で済むような物かお湯を入れるだけのカップ麺、そんな女子力の欠片も無いような食事で一日を終える日々を過ごしている。
「これさ、何?」
サンジの手には私が証拠隠滅した筈のゴミ袋が握られている。中には萎んだウィダーインゼリーの容器、洗われたカップ麺の容器にシリアルバーの包み、誤魔化しようが無いくらいの証拠が袋の中に詰まっている。
「こ、これはゴミです……」
「何のゴミ?」
仁王立ちしているサンジの顔を見るのが怖い。きっと、ブリザードのように冷えた瞳で私を見下ろしているのだろう。
「……カップ麺とかゼリーとか」
「知ってたよ、君が自炊しない事ぐらい」
どれもこれも新品、未使用って感じだったからね、そう言ってサンジはゴミ袋を床に置くと正座した私の前に胡座をかく。
「ま、ここまで酷ェとは思ってなかったけど」
「……前はもうちょっと頑張ってた」
何を言っても言い訳に聞こえそうだが嘘は言ってない。サンジの料理を一度でも食べたら自炊なんて出来るわけないし、外食なんて以ての外だ。
「サンジのご飯が美味しいのが悪い」
八つ当たりのような台詞を吐いてサンジの膝をペチペチと叩けば、目の前の鋭い瞳が少しばかり緩やかになった。
「……おれはね、乱れた食生活を許すほどお人好しじゃねェんだ。それがレディだろうと大嫌いな野郎でも変わらねェ、特に愛しいハニーの食生活には人一倍煩ェ自覚があるよ」
面倒臭ェ自覚もね、そう言ってサンジは私の頬を指で摘む。随分と力加減されたそれは撫でられているのと変わらない。結局、サンジは私に甘いのだ。
「これは?」
「罰だよ、隠してた罰と自分を大切にしてくれねェ罰」
サンジの事だからこれを本気で罰だと思っていそうだ、私は余計な事は言わずにされるがままでいる。
「三食おやつ付き」
「ん?」
「それにサンジくんも付いてくるよ」
言葉の意味が分からず、私は頬を引っ張られたまま首を傾げる。サンジは私の頬から手を離して、私の手を握る。
「結婚を前提に同棲して下さい」
「は、結婚……?」
「一生、君の食生活は安泰だよ」
目をまんまるにして驚いている私とは違い、サンジは穏やかな顔をして私の左手の薬指に自身の指を巻き付けてサイズを測っている。
「正気?」
「勿論今すぐにとは言わねェよ、ただ考えて欲しいなって」
おれがどれだけ君を大切に思っているか、そう言ってサンジはゴミ袋に視線を向ける。
「……それに頼ったのがおれじゃなくてカップ麺なのが腹立つ」
ジト目でカップ麺の容器を睨みつけるサンジは行儀悪く舌打ちをするとこう続ける。おれの飯だけ食べて欲しい、と。サンジの負担を考えればこの同棲も結婚も断るべきだ。お互い成人した大人でお互い働いている。なのに、サンジは負担なんて知らないような顔でイエスを待っている。
そして、私の中にもイエスの答えしか用意されていないから困ってしまう。黙り込む私に不安になったのか、サンジは特徴的な眉毛を下げて私の顔を覗き込む。
「君は嫌かい?」
「い、嫌じゃないわ!ただ、」
「ただ?」
サンジの優しい低音に導かれるように私は本音を言葉に変換していく。サンジの言葉が嬉しかった事、返事は一択しか用意していない事、サンジの負担を考えたら簡単に返事を返せない事、ぽつり、ぽつりと私は本音をこぼしていく。
「君はいい人だね」
「いい人だったら直ぐに断ってるわよ」
「だって、これは善意に見せかけたおれのエゴと我儘だ」
「知ってる?あなたのエゴと我儘は私が求めているものだって。利害の一致とでも言えばいいかしら?」
だから、いい人じゃないの、と言えばサンジの腕が私の腹にゆるりと回る。
「おれのいい女(ひと)ではあるけどね」
何かしら理由を見つけて君をおれに縛ろうとする事を許して、レディ、と私に甘えるように寄り掛かるサンジ。
「たまのカップ麺を許してくれるならいいわよ」
「……次の日に山のような料理が出てきてもいいなら」
「ふふ、誰にヤキモチ妬いてるのよ」
いつかの未来で一緒にいられるようにお互いの妥協点を見つける為の同棲をするのも有りかもしれない。甘えたモードに突入したサンジの頭を撫でながら私はそんな事を思った。