短編2
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「そんな顔しねェで大丈夫だよ」
「だって、私のせいで後片付け出来ないでしょ」
正面に座るサンジの後ろの流しには汚れた皿が積み重なっている、崩れそうで崩れないバランスを保っている皿を見つめながら私は申し訳無さそうな顔で咀嚼を繰り返す。手元の皿には未だにサンジが作ったご飯が残っている、残す気も無ければ特に好き嫌いだって無い。ただ、食べるのが極端に遅いのだ。周りの皆が続々と席を立っていく中、いつも自身だけが食事を続けている。一口が小さいのか、咀嚼回数がおかしいのか、昔から食事の時間が苦痛だった。
「大事に食ってくれてコック冥利に尽きるよ」
サンジはいつもそうやって急かす事なく私を待ってくれる、正面の席に座りニコニコと私の食事を見守っているのだ。
「……さっさと食えよって思わない?」
過去に何度も言われた台詞を口にする。実の親、友達、元彼、挙げていったらキリが無い。みんな面倒くさそうに私の食事を待ちながら溜息をついた、その度にごめんね、ごめんねと頭を下げて味わうのも忘れて口の中に料理を詰め込むのだ。うぐ、と上がってくる料理を無理に咀嚼して苦痛な食事をやり過ごしていた。
「思った事ねェよ、それにルフィには君を見習って欲しいぐらいさ。あいつはアレで味わってんのかねェ、何食わせたって美味ェしか言わねェ……ハァ……」
「嬉しいくせに」
「おれの料理が美味ェのなんて当たり前なのにあいつらに美味ェって言われるとさ、何かむず痒いっていうか落ち着かねェ」
サンジはそう言って後ろ髪をくしゃりと掻く、煙草の煙を燻らせながら幸せを噛み締めるサンジの顔を見つめながら私も幸せな気持ちになる。
「私もね、サンジのご飯すきだよ」
この船に乗ってから申し訳なさはあるが食事の時間が苦痛じゃなくなった、誰も急かしては来ないし面倒臭い顔もされない。時々、ルフィに横からおかずを取られてしまうがサンジの蹴りによってルフィは床に沈められ、私の皿にはサンジが残しておいてくれた同じおかずが皿に乗せられる。
「はじめてなの、食事が楽しいと思ったの。サンジの仕事を邪魔しちゃうのは申し訳ないと思ってるんだけど、こうやって美味しいって伝えられるのもゆっくり味わえるのも嬉しいの」
拙い私の言葉を笑う事もなく、サンジは目をまんまるにして私を見る。きっと、普段の謝り癖のせいで私の気持ちはサンジに伝わってなかったのだろう。
「……楽しい?」
「うん」
「食事の時間は辛くないかい?」
「えぇ、申し訳無さはあるけど」
正面に座るサンジの質問に答えれば、サンジは子供のように声を上げてガッツポーズを作る。そんなに喜ぶ事かしら、と困惑する私にサンジは柔らかな笑みを向けてこう口にした。
「食事の楽しさを君に知って欲しかったんだ、最初の頃の君は食事の時間が一番辛そうだった。周りを見て、誰かが食い終わる度に背中を小さく丸めてそこに座っていた。ごめんね、ごめんねって君は何も悪くないのにおれに謝るんだ。おれは君が美味ェって言ってくれるなら、この時間が永遠に続けばいいって思ってたよ」
「サンジは優し過ぎるわ」
「違ェよ、ただ君を独占出来るこの時間が好きなんだ」
「へ」
「小さい口が一生懸命食ってるのが可愛い、膨らむ頬袋に触りたくて仕方ねェ……それに、謝る口にキスしてェっていつも思ってるよ」
だから優しいわけじゃねェよ、とサンジは自身を否定するが優しくない人はこんな料理を作れない。そして、そんな顔で私を見ない。
「でも一つだけ言えるのは君への料理は全部、君へのラブレターだよ。だから完食して貰えたら嬉しいな」
そんな事を言われたらもっと時間が掛かってしまう、ラブレターを読むようにサンジの愛を咀嚼する。あと数口で完食してしまう料理を前に私はごめんねの代わりの美味しいを口にする。美味しいは私なりの精一杯のイエスだと優しいコックさんが気付いてくれますように、そう願いを込めて。