短編2
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一人一人の関係性がしっかりとしている麦わらの一味、仲間入りしたばかりの私から見てもまるで兄妹や家族のように見える。その中にいる私は未だに居候気分が抜けずに皆の輪には入らず、少し離れた場所からその楽しそうな声をBGMにして手持ちの本を開く。仲間に入れて、と声を掛ける事が大人になっても苦手な私はこうやって隠れ場所を探しては一人の世界に入る。あくまでも自主的に一人でいる事を選んでいるという顔をして寂しさから目を逸らす。
「ナマエちゃん、みっけ」
「……また来たの?」
なのに、サンジは私がどこに隠れようと見つけに来る。私が一人の世界に没頭する前に必ず私を見つけて食事の支度までここで過ごすのだ。
「君と話したくて」
サンジはそう言うと私の手元にある本を覗き込む、そして一文を指差してこちらを見る。
「きみはこういう愛を信じる?」
「これはフィクションよ」
「ゴム人間に喋るトナカイ、本よりもうちの海賊団の方がフィクションみてェじゃねェ?」
あなたの眉毛もね、と付け足せば途端に情けない顔になるサンジ。ナマエちゃんのいじわる、と甲板の板の上をサンジの指先がくるくると拗ねたように踊る。私はそのフィクションのような眉毛が上がったり下がったりするのが意外と好きだったりする。
「見過ぎ」
そう言って甲板を踊っていた手は私の瞳を塞ぐ。
「別に減るものじゃないわ」
「ドキドキしちまうから駄目だよ、おれが」
連日、私の元に来てはこうやって勘違いしそうな言葉を残すサンジ。仲間になる前からアピール紛いの事をされていたが全ての女性にこの態度らしい、引くどころか一周して尊敬してしまう。
「……まだ気付かねェでいいよ」
「何が?」
内緒だと言って口の前に指を持っていくサンジ。これ以上、深堀りする気も無い私は曖昧な相槌を打った。
仲間になって数ヶ月も経てば、口下手な私も輪に入れるようになった。ナミやロビンと女子会するのもルフィに振り回されるのもチョッパーに癒やされる時間もウソップやゾロ、フランキーと武器談義をするのも悪くない。だが、その分サンジとの一方的なかくれんぼの時間は減ってしまった。私が隠れなければ、サンジもわざわざ忙しい手を止めて探しに来る事もない。
「……寂しいなぁ」
「何か言った?」
「何でもないわ、ナミ」
私は首を横に振ると前を歩くナミの背中を追い掛ける。船に戻ったらあのフィクションのように優しい金色に声を掛けてみようと決意し、船までの帰り道を急ぐ。
だが、船に戻ってもサンジはいなかった。今日は船から下りないと言っていた事を思い出し、キッチンやアクアリウムバーや男部屋を順番に確認したが何処にもサンジの姿は無かった。キョロキョロと辺りを見渡しながら甲板を歩いていれば懐かしい場所を発見する、輪に入れない私がよく隠れて一人で本を読んでいた場所だ。ここはこちら側からは見え辛い、きっとスルーしてしまう場所だ。だが、毎回サンジは私を見つけた。ここ以外の場所に隠れたってサンジは私の名前を呼んだ。
「……サンジ、みっけ」
「っ、くく、今回は逆だね」
そう言ってサンジは自身の隣を叩いて私に手招きをする、私はヒョイと樽を避けて内側に入るとサンジの横に座り込む。
「それで君はどうしたの」
「サンジに話したい事が沢山あって」
「……それってさ、おれでいいの」
どういう意味、とサンジに問い掛ければサンジは顎をシャクって皆が騒いでいる場所を指す。
「君は人気者だから」
もうおれと二人っきりでこんな狭ェ所でお話する必要もねェだろ、とサンジは静かに溢す。だが、すぐに私から目を逸らし謝罪を口にする。
「あー、悪ィ。ただのみっともねェ八つ当たり」
「八つ当たり?」
「おれだけの君だって勘違いしてたみてェだ、君が一味に染まる度に嬉しい筈なのに、心底面白くねェって思ってる自分もいる」
どうして、と聞く口は自然と口角が上がってしまう。だって、これじゃまるでサンジの特別だと言われているみたいだ。
「……面白ェ話なんてしてねェけど」
ジト目でこちらを覗き込んで来るサンジ、風にふわりと揺れた前髪の隙間から両目が覗く。その両目を覗き返すように見つめていれば、サンジの白肌がじわじわと熱を持ち出す。
「見過ぎ」
「ドキドキした?」
してるに決まってんだろ、と普段よりもぶっきらぼうな物言いにサンジの余裕の無さが表れている。私はあの頃、深堀り出来なかったサンジの本音に触れるようにその両目を塞ぐ。そして、中途半端に開いたサンジの唇に自身の唇を触れさせた。
「……こういう事するのはサンジだけ」
きっと、最初からサンジは特別だった。全ての女性に向かうその愛の行き先が最終的に私に辿り着けばいいのにと願ってしまうくらいにはサンジが好きだった。
自身の目を塞ぐ私の手を退かしてサンジは私の後頭部に腕を回す。そして、当時言えなかった秘密の種明かしを披露する。
「君しか見てねェから探せたんだ」
鼻の先がぶつかる距離まで近寄って、サンジは私の顔を見つめる。あの頃と変わらない甘い視線に私は小さく頷く。
「……君を愛してる」
おれはずっと君の特別を狙ってたよ、とサンジは特大の種明かしをする。
「あの頃みたいにおれをナマエちゃんの特別にして」
「あの頃よりもっとあなたが特別だって言ったら笑う?」
「……おれもだ、って言うかな」
そう言って、二人はどちらかともなく口付けを交わす。恋は小説より奇なり、あの時読んでいた小説よりも甘い一ページが今、開かれた。