短編2
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「ゆっくりしておいでね」
そう言って彼女を送り出してから、三日と四時間。半日がまるで一週間のように感じると言ったら大袈裟だと言われてしまうだろうか。サンジは先程の位置から数分しか経っていない時計の針を見つめながら、テーブルに突っ伏す。彼女が帰ってくるまであと最低でも三日はある、初日はどうにか我慢出来たが二日目には既に限界がやって来て枕を涙で濡らした。そして、三日目、四日目と来て灰皿の上には吸い殻の山が完成し換気をしても煙草の匂いが部屋に充満し始めた。彼女のいない部屋はまるで知らない場所のようで落ち着かない、彼女の抜け殻は沢山残っているのに彼女だけがいない、毎日メッセージは届くがよりサンジの寂しさを倍増させるだけだ。
「……あー、ナマエちゃんが足りねェ」
自身の金髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、テーブルに頭を軽く打ち付けるサンジ。彼女が数日いないだけでまるで発作のような症状が出る。いつの間にか彼女はサンジにとっての煙草のようになっていた、彼女がいなければ息をしていないのと一緒だ、男は女がいなければ何処までも落ちていける。
お盆に合わせて店も休みに入り、サンジには時間があった。だが、一人では出掛ける気も起きず外に出たのはコンビニに煙草を調達しに行った程度だ。スーパーだってこの一週間一度も足を踏み入れていない、料理人の家とは思えない程の殺風景な冷蔵庫の中身に苦笑がこぼれる。
「って言ってもなァ、自分の為だけに作る料理は味気ねェし……」
そう言って結局取り出したのは数センチ程減ったミネラルウォーター、水と同じでサンジの腹の減りもやって来ない。リビングのソファにごろんと寝転がり、ソファからはみ出した足を猫のように縮こめるサンジ。寂しそうに揺れる碧眼は相変わらず、進みの悪い時計の針を見つめている。
「……君と暮らす前のおれってどうしてたっけ」
こんな自堕落な暮らしはしていなかった、休日だって上手い使い方をしていた筈だ。一人で旅行するのだって平気だった、知らない土地で知らない料理に出会う瞬間の感動だって忘れてはいない。なのに、現在のサンジはここで彼女だけを待っている。彼女がよく抱いているクッションに顔を埋めてサンジは瞳を閉じた。眠っている間に二日が過ぎればいいのに、と願いながら。
「……ンジ、サンジ」
風邪引いちゃうよ、そう言って眠りの海に沈んでいるサンジの体を揺する手。
「んっ」
乱れた金髪の隙間で重たげな瞼がゆっくりと開く。そして、自身の体を揺らす手の正体に視線を向けるサンジ。
「ナマエちゃん……?」
「ただいま、サンジ」
彼女はサンジの金髪を撫でて微笑む。撫でられているサンジの表情は口をへの字に曲げてボロボロと瞳から水滴を溢し、彼女のお気に入りのクッションに水溜りを作っていく。テーブルの上のティッシュ箱に彼女は手を伸ばすがサンジの必死な抱擁に手を止める。ぎゅっと音が聞こえてきそうな抱擁に彼女はサンジの背中に腕を回す。そうすれば嫌でも分かるサンジの体の変化に彼女は苦言を申す。
「ご飯ちゃんと食べてねって言った」
「……君がいねェと食う気にならねェ」
料理人の不養生とでも思ってくれ、とサンジは言う。こら、とその寂しがりやの額を指で弾けば潤んだ瞳が彼女を見上げる。
「煙草もあれは吸い過ぎ」
「……はい」
「寂しかった?」
「ん、信じらんねェぐれェ寂しかった」
彼女はサンジの整えられていない顎髭を指でなぞりながらサンジの顔にキスをする。
「私も寂しくて二日前通しで帰って来ちゃった」
「……親御さんに悪い事しちまった」
「ママにね、言われちゃった。そんなにサンジくん、サンジくん言うなら今度は連れて来なさいって」
だから、来年は一緒に帰ろっか、と彼女は言う。サンジにとってもう帰る実家は無い、盆と言ったって亡き母の墓参りをするだけだ。自身が訪れた証拠を残さない為に花すら置いていけず、今回も持ち帰ってきた花が玄関に飾ってある。
「いいのかい?親子水入らずの所におれが行っても……」
サンジに残っている家族はいない、姉とは未だに繋がったままの縁があるが他は論外だ。ゼフの事は父親だと思っているが素直に父さんと呼べる程、サンジは素直では無かった。
「だって、身内になるでしょ」
普段のサンジだったらナマエちゃんから逆プロポーズされたと目をハートにしてくるくる回っている所だが現在のサンジは心臓を抑えたまま猫のように丸くなってしまう。
「幸せで心臓が潰れちまいそう」
「大袈裟」
サンジは彼女の片手に腕を伸ばすとグイっと自身の方に腕を引いた。体勢を崩した彼女の頭を自身のおかしな音を奏で始めた心臓に当てる。
「大袈裟じゃねェって分かってくれた?」
彼女は頷くと顔を上げてサンジを見上げる。
「……それまでにプロポーズするから少しだけ待ってて、レディ」
「今じゃないの?」
「ヤニ臭い部屋で部屋着のまま泣き顔を引き摺ったままの整ってない髭面にプロポーズされたいなら止めないけど」
彼女はくすくすと笑いながら、それも悪くないかも、とサンジの腰にぎゅっと腕を回すのだった。