短編2
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「籠の鳥みたいじゃない?」
この城の中で飛べないまま老いて死んでいくのよ、とバルコニーの手摺に座り込んで不法侵入して来た男にそんなブラックジョークを飛ばせば、男は笑うどころか顔を顰めた。城から出る事の出来ない私の唯一の安らぎの場所はこのバルコニーだけだ。島を見渡せるこの場所で出来もしない冒険を夢見る、幼い頃から何度も想像した私の冒険は本で言えばもう数冊分にもなる。立派な想像の冒険記と十数年何も変わらない現実。もう夢見るだけの少女じゃいられない、終わりのない地獄のような日々に心は日に日に擦り切れていく。そんな時にバルコニーに現れたのがこの男だった、屋根から屋根に軽々と移動し空を飛び、手摺に着地したその姿はまるで天使のようだった。
『レディ、そんなに涙をこぼしちゃ勿体無ェよ』
女の子の涙は武器だからね、と濡れた頬に手を伸ばして男は手摺の上にしゃがみこんだ。男の親指が涙の粒を受け止める。その瞬間、私は間違いなく救われたのだ。誰にも気付いて貰えない幽霊のようだった私を見つけてくれる人間がいた、その事実に私の涙腺は止め時を失ったかのように男の手を濡らした。そうすれば、先程のスマートな対応とは違って男はあわあわと落ち着き無く私に言葉を掛け続ける。
『泣かねェで?もしかして、おれが怖い!?えっと、怪しいもんじゃねェんだ。かいぞ、いや、コックをしてる一般市民だよ』
『っ、ふふ、嘘つき』
海賊なんでしょ、と泣き笑いの表情で男を見つめれば男は私から涙以外の答えが返ってきた事に安心したのか、素直に頷いてへらりと笑った。
『善良な海賊だよ』
『善良な海賊さん、名前は?』
『サンジ、美しいプリンセスの名前は?』
ナマエ、と答えれば私の手を取ってまるで騎士のように手の甲に口付けるサンジ。
『美しい名前だ』
この島に暫く滞在する予定のサンジはこの日から毎日バルコニーに現れるようになった。月をバックに語り合うこの時間だけが私の心を軽くする、この世に生を受けてはじめて息がしやすいと思った。
「君に籠は似合わねェよ」
「……籠以外を知らないのに?」
「人生には分岐点がある」
選べる日が必ず来るよ、とサンジは言う。
「サンジにもあった?」
「うんとガキの頃にね」
そう口にするサンジの瞳は遠い昔を見つめているようだった、それ以上は聞いてはいけないと私の脳が信号を送ってくる。私はゆっくりと頷くと、私にもあればいいな、とそのぎゅっと丸まったサンジの拳に触れた。
「大丈夫だよ、君をちゃんと見てる人がいるから。あ、でも野郎は駄目だよ。おれが妬いちまうから」
私は籠に繋がれたまま、その海のような碧を思い出すのだ。あと数日で別れが来る。私は港に行く事も出来ず、このバルコニーで一人、涙の海に溺れるのだ。
サンジとの別れが近付いた頃、私の元に縁談の話が舞い込んできた。自身の父よりも年齢が上の殿方に嫁いで子を成せ、と命令する父の瞳には私は映っていない。映っているのは跡継ぎを残す為に用意された体のいい道具だけだ。
「……これが私の分岐点」
縁談に乗るか、自決するか、そんな薄暗い選択肢しか用意が出来ない自身にも嫌気が差す。サンジだったらもっと上手い選択肢を用意出来るのだろうか、こんな時までサンジの事を考えてしまう自身に笑みがこぼれる。
「最後に出会えたのがあなたで良かった」
バルコニーの手摺に足を掛ける、初めて会った時にサンジは此処をランウェイのように歩いていたが私の貧弱な足は恐怖に震えて随分と情けない。それでも、最後くらいはしっかりと自身で選択した道を歩きたいと震える足でしっかりと立ち、背筋を伸ばす。そして、サンジの口癖を真似て世界に吠える。
「クソ好きだったよ、サンジ」
籠から羽ばたくように私は腕を広げ、手摺から身を乗り出す。来世は鳥になりたい、サンジに幸せを運ぶ青い鳥に。
「クソ好きなら一緒にいようよ、ナマエちゃん」
地面にキスしねェでおれとキスして、そう言ってサンジは落ちていく私に手を伸ばし空中で私を抱き上げた。
「……な、なんで」
「君を攫うつもりで来たのに死ぬ一歩手前だったおれの方が聞きてェよ。ったく、おれのプリンセスはお転婆で困っちまう」
サンジは私を地面に下ろすと言葉とは裏腹に震えた手で私の体に触れ、ぎゅっと私を腕の中に閉じ込める。
「……私を攫ったら無事でいられないわ、きっと追手が来る」
「十億三千二百ベリー」
「何の金額?」
「おれの懸賞金」
億超えの賞金首とこんな小さな島の兵だったらどちらの実力が上かなんて一目瞭然だ。
「そんな強い海賊が何で……」
「君の武器にやられちまったから」
美しいプリンセスの涙に溺れちまったあの日からずっとおれは君に首ったけだ、とサンジは言う。
「クソ好き」
コツンと額を合わせて互いを見つめる、薄っすらと涙の膜が張ったサンジの瞳が私を映す。その瞳は相変わらず、あの日から変わらずに幽霊のようだった私に居場所をくれる。籠の中の鳥は一度ここで死んだ、そして、この男によってまた空を知る。人生の分岐点はきっとここだった。