短編2
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一駅違いの私達、先に電車に乗り込むのはサンジ。サンジから私のスマートフォンに一件のメッセージが届く。
『五両目に乗ったよ、気を付けておいで』
『了解』
いつも決まってサンジは五、六両目を選ぶ。それを不思議に思った私は以前、サンジにその理由を尋ねた事がある。こだわりでもあるのだろうか、と油断していた私はサンジのネタばらしに胸をきゅっと掴まれたような気持ちになった。
『前と後ろで何かあってもさ、君を護れる位置』
まぁ、真ん中で変な野郎が暴れたとしても君には指一本も触らせねェけどね、とサンジは窓の外に向けていた視線を私に移し、表情を緩めた。サンジが話す「何か」は滅多に起きる事は無い、それでもサンジの中では私を護る事は当たり前なのだ。そんな扱いを異性に受けた事が無かった私は上手い返しも思い浮かばず、サンジの腕に絡ませていた自身の腕に力を入れた。
五両目の窓際にサンジは乗っていた、黒髪の中に紛れる飛び抜けた金色に手を小さく振ればサンジの整った顔が途端に美形の道を踏み外そうとし出す。扉が開くのと同時にサンジの元に歩いて行けば、だらしない顔をしたサンジが私に話し掛ける。
「天使かと思った」
「恥ずかしいからやめて」
「おっと、いけねェ」
今日は天界からお忍びだった、とサンジは背中を丸めて私の耳元に顔を近付け、そう口にした。やけにこういう言い回しが似合うサンジを見ると洋画のワンシーンを見ているような気分になる。
「こっち寄り掛かって大丈夫だよ」
ガタンゴトンと揺れる車内でバランス悪く体を左右に傾ける私の腰に腕を回して自身の方に寄り掛からせるサンジ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
私はサンジに軽く凭れ掛かると遠慮がちにサンジのジャケットを軽く摘む。表立ってイチャイチャするわけではないが誰から見ても恋人同士だと分かる触れ合いが二人の間で行われている。
腰に手を回すサンジの手が私の脇腹についた無駄な脂肪を指で遊ばせている、平然とした顔でふにふにと触られるそれはまるでスクイーズだ。喧嘩なら買うけど、とサンジの脇腹の脂肪ではなく薄皮のようなものをお返しに引っ張ってサンジの顔を睨む私にサンジは痛ェと反省の色が見えない顔で笑っている。
「痛くしてるの」
そう言って、サンジの脇腹を解放する。だが、サンジの手は未だに私の脇腹を指でふにふにと触ったままだ。
「……楽しい?」
「君に触れてると落ち着く」
あー、そう、と私は諦めたような顔で窓の外を見つめる。窓の外と言いながら窓に薄く映るサンジの表情に視線を向ける私。移り変わる景色よりも私の旋毛しかきっと見えていないだろうに喜怒哀楽の喜楽で顔を染め上げたサンジを見ている方が数倍楽しめる私だってサンジときっと同類なのだろう。
「見過ぎ」
顔を上に向ければ、サンジと視線が重なる。この車両にだって女の子は沢山乗っているのにサンジは私だけを見つめている。
「君だって見てたろ?」
そう言ってサンジは窓を指差す、さっきの私の行動はどうやらサンジにバレバレだったようだ。
「っ、くく、おれの勘違いかな?」
「景色よりサンジの顔の方が面白いもの」
「エッ、そういう……!?」
サンジは自身の顔をペタペタと触りながらショックを受けたように肩を落とす。
「……この眉毛か」
そう言ってセットを崩さないように前髪をいじる姿が可愛くてつい口元が緩んでしまう。
「君のかっこいいイケメンのサンジくんはそろそろ泣いちまいそうだよ」
「はい、はい、かっこいい。イケメン、イケメン」
私の雑な返しにサンジはまた表情を変える。見飽きないその百面相を見ていると私は不思議と安心するのだ、サンジの本心に触れているようで嬉しくなる。私は萎れてしまったサンジを宥めるようにサンジの頬に手を伸ばす。
「嘘、かっこいいよ」
車内が賑やかで良かった、こんな恥ずかしい会話を人に聞かれてしまったら居た堪れない。サンジといると周りが見えなくなると言ったらサンジは笑うだろうか。それとも、世界に二人だけみてェだねとまた恥ずかしい台詞を吐くのかもしれない。だが、今は自分から仕掛けて自爆している真っ赤なサンジの顔を下から眺める方が私にとっては重要だった。ガタン、ゴトンと安全運転で進む電車は時に暴走列車のように進む恋心を二人分乗せて停車駅に止まるのだった。