短編2
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平常心、平常心と自身に暗示を掛けるようにサンジは頭の中で同じ言葉を繰り返す。止まりそうになる二本の脚を交互に動かして、どうにかこうにか前に進んではいるが隣を見るだけでその脚は罠に引っ掛かったような不自然な動きを見せる。サンジの不可解な動きの原因は全て隣を歩く彼女のせいだ、随分と下にある彼女の旋毛を見ただけでサンジの心臓はバクバクと音を立てて全力疾走をしたかのように乱れる。
ただの荷物持ちだ、と自身に何度も言い聞かせて来たのに待ち合わせ場所に来た彼女を見た途端にもう駄目だった。普段はパンツスーツで自身と似たような服装を好む彼女が白を基調としたワンピースに淡い色合いのカーディガンを合わせ、まるでデートのような出で立ちでサンジに手を振る。朝食を食べに来た彼女はシャツに細身のスキニーというシンプルな格好をしていた筈だ、髪だってこんなに凝ったヘアセットはしていなかった。自身の数時間前までの記憶が間違っているとは思わないがサンジは目の前の彼女に目を奪われる。普段だったら流暢に褒め言葉や愛を垂れ流す事が出来るのにサンジの口から飛び出たのは、あァ、という味気無い一言だった。何に対しての相槌だ、と自身の頭を抱えるサンジを不思議そうに見つめる彼女。
「大丈夫?」
「あ、あァ」
壊れた玩具のように相槌を繰り返すサンジに彼女ははてなを頭上に浮かべながら、その手を握った。彼女の耳に届いてしまいそうな自身の心臓から鳴る爆音を無視し、サンジはその手を握り返した。
当初の目的よりも彼女の興味はあちらこちらに移る、サンジあれを見て、あれ食べたい、と島にあるショッピングモールの中を元気に歩き回る彼女。そんな彼女に手を引かれながら、サンジは違う意味で目が回りそうになっていた。
「勘違いしちまうよ、レディ」
「ん?何か言ったかしら?」
「いーや、何も」
ハッキリとしない態度のサンジの手を引きながら、彼女はまたキラキラとした眩い笑みで興味が惹かれた方向に歩いて行く。迷子にならないでね、と笑う彼女が可愛くてサンジはまた壊れた玩具のように相槌を打った。
「……楽しい時間ってあっという間よね」
勘違いしてはいけないとサンジは自身に再度言い聞かせる、この言葉だって狙っているわけでは無いのだ。幼子がまだ遊び足りない、もっと今日が続けばいいのに、と願うようなものだろうとサンジは誰に聞かせるわけでもなく自身の脳内で言い訳のように繰り返す。期待するな、彼女の眉毛が可愛くへの字に曲がっていてもコレはおれの目が都合良く彼女を写しているだけだ、とポケットの中に入っているジッポを落ち着き無く触りながら彼女の下がった可愛らしい眉毛を凝視するサンジ。
「……また、おれと遊んでくれる?いや、その、荷物持ちでいいからさ」
「サンジは私とのデート楽しかった?」
敢えて避けたデートという単語を口にする彼女にプチンと平常心の糸が切れる音がした。君が悪いんだからねと年甲斐も無く拗ねたい気持ちとこうなったらもうどうにでもなれという投げやりな気持ちがサンジの中で混じり合う。
「あァ、君と理由なくデート出来る男になりてェと思っちまうくらいには楽しかったよ」
「……サンジとだったら理由なんていらないけど」
「おれも」
そう返すだけで精一杯のサンジはその場にしゃがみこみ、膝に顔を埋めると人差し指を一本だけ立てて彼女にこう言った。
「一分ちょうだい」
「一分……?」
一分後にはもう少しだけ格好がつく告白をするから、とサンジは赤くなった自身の頬に手を当てるのだった。