短編2
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この時間のビーチは人が少なくて快適だ、つっかけただけのサンダルで砂浜に降りる。指先の隙間を流れていく緩やかな波が気持ち良くて童心に戻るように波を蹴った、ぱしゃりと跳ねた水飛沫がワンピースの裾を濡らす。一度、濡れてしまえば遠慮なんてなくなる。私は波が届かない場所まで移動すると躊躇せず、砂の上に座り込んだ。そして、足元に転がっていた木の棒を拾い砂の上に棒の先を滑らせる。サクサクと巣穴を掘る動物のように穴を広げていく私の手元に大きな影が出来る。見上げなくても誰がいるかなんて直ぐに分かってしまう。ナマエちゃん、と私の機嫌を窺うような声が上から降ってくるが絶賛喧嘩中の私はサンジに視線を寄越す事もなく砂を掘り続ける。ナマエちゅわ〜ん、と情けない声までも聞こえてきたが今回だけは譲る気は無い。
サンジは私の正面に移動して、穴を挟んだ向こう側に座り込んだ。スーツの尻が汚れる事も気にせずに砂の上にどかりと座り込む姿は顔を除けば立派なチンピラだ。
「……無視しねェで」
萎れた金髪の隙間から覗く碧眼は必死に私の意識を自分自身に向けようとしている。はぁ、と一つ溜息をついてサンジの方を見つめれば濡れた瞳と視線が重なる。
「泣き虫」
「まだ垂れてねェからセーフ」
サンジは上を見上げると瞬きを数回繰り返して濡れた瞳を乾かそうとする。私はそんなサンジの無駄な努力を横目に見ながら、飽きずに棒を動かす。
「その穴は?」
「サンジを埋める為の穴よ」
「エッ、埋められる……?」
私の発したブラックジョークを真に受けたサンジは顔色を悪くしながらこちらを見る。私は手頃な木の棒をもう一本見つけるとサンジの手にそれを押し付ける。
「自分のなんだからサンジも手伝って」
「まさかの決定事項」
砂に向かって大人二人が棒を動かす姿はあまりにもシュールだ、サンジはチラチラと私に視線を送りながらも大人しく隣に穴を掘っている。萎れた向日葵のように砂を見つめているサンジの横に移動して私はワンピースに顔を埋めるように膝を抱える。
「ナマエちゃん……?」
「ごめん」
サンジを埋める気なんて最初から無い、この穴は私の不満を入れる為だけの器だ。不満というよりも私の可愛くない言葉を捨てるゴミ箱。
「可愛くない事ばっかり言ってごめん」
「クソ可愛い事しか言えねェの間違いじゃなくて?」
膝を抱える私の顔を覗き込みながらサンジはそんな事を口にする。その顔を見れば嫌でも分かってしまう、サンジが本気でこう思っている事に。
「……喧嘩したのだって元は私が可愛くない事を言ったからだし」
「思い悩んでる君にこんなこと言ったら殴られちまうかもしんねェんだけどさ。おれ、君と喧嘩したつもりねェんだよね」
「へ」
「おれ的にはさ、えっと、君ともっともっと愛を深める為の戯れ合いっつーか、愛の試練みてェなラブラブイベント的な……?」
サンジは両手の人差し指をもじもじと擦り寄せながら頬を赤らめる、喧嘩をここまでポジティブに捉えられるのなんてサンジくらいだろう。頭を冷やす為に外に出て来たのに喧嘩した相手はその頭の中を花でいっぱいにしていたなんて誰が思うだろうか。
「……愛は深まった?」
「君はどう思う?」
「質問返しは無しよ」
膝を抱えたままの私の肩に甘えるように頭を乗せたサンジは、この穴なんかよりもずっとずっと深ェ所まで、と口にする。
「嘘、海かもしんねェ」
「ラブラブイベント大成功ね」
「……だからさ、また喧嘩しようよ」
君の可愛い言葉じゃおれ達の愛に亀裂なんて入んねェよ、そう言って私に視線を向けるサンジの瞳は深い海のような色をしていた。