短編2
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隣の部屋からは渋るサンジの声が聞こえる、それに大声でノーを言い渡すこと数回、先に折れたのはサンジだった。
「……野郎に声を掛けられたら?」
「掛けられない」
「おれだったら一目散に君に声を掛けるよ」
サンジだったらね、とサンジの言葉を軽く往なしながら私は自身の髪に櫛を通す。会話はテンポよく続くがサンジは決して私の部屋には入って来ない、そしてサンジもその姿を見せてはくれない。今日は待ち合わせ場所まで全てが内緒なのだ。
「なァ、絶対ェ危ねェって」
先程からサンジがこうも渋っている原因は待ち合わせにある、待ち合わせ場所に着くまでに私がナンパをされたり誘拐されたりする危険性を熱心に説いてくれるが私に声を掛けてくる相手なんてサンジぐらいだろう、この世にそんな物好きは一人だけでいい。
「私より自分の心配でもしてなさい」
「おれ?」
「黙ってたら格好良いもの、特に今日は浴衣なんだし」
モテちまうかなァ、とデレデレした返事が返ってくると思ったのに壁の向こうのサンジはやけに静かだ。前半の言葉で気分を害してしまっただろうか、と謝罪を口にしようとすればサンジの声が静寂を遮った。
「君だけでいいよ、おれは」
「……悪い物でも食べた?」
「っ、くく、酷ェ、信用してよ」
ふざけていないと今すぐにでも隣の部屋に突撃してしまいそうになる。私はきゅんとした心を隠すように可愛くない台詞を吐き出した。
結い上げた髪に細やかな飾りをつけていく、金色の小花を散らし隙間に白いパールをさしていけば中々に良い仕上がりだ。数十分前に家を出たサンジはもう待ち合わせ場所に着いたのだろうか、行く間際まで渋っていたサンジは私に数個の約束事を取り付けた。
『野郎には着いて行かない』
『野郎は全員狼』
『おれ以外に見惚れちゃ駄目』
約束事というのは名だけで正直サンジの偏見でしかない、全員狼だと言うのならサンジだって狼だろう。私なんて一瞬でサンジの腹の中だ、あの優男の前では警戒心なんて簡単に緩んでしまう。そして、後々後悔するのがオチだ。私は全身鏡で浴衣の最終確認をし、この日の為だけに買った下駄に足を通す。少しでも様になればいいと思い、背筋をピンと伸ばし着崩れしないように控えめな一歩を踏み出した。
「は」
玄関の扉を開ければ、蒸し暑い空気が肌を撫でる。だが、私がツッコミたいのは蒸し暑い空気でも未だにサンサンと自己主張をしている太陽でもない。待ち合わせ場所に着いている筈の恋人が家の前から一歩も動いていない事実にだ。
「……やっぱり、心配で戻って来ちった」
ウェーブにされた髪は片側だけ耳に掛けられ、もう片方は普段通りに片目を隠している。緩く着崩した浴衣はだらしない印象は受けないがサンジの色気を大放出するアイテムに成り代わり、目に毒だ。文句を言ってやろうと思っていた筈なのに目の前のサンジを見たら浮かんでいた文句すら消えてしまった。
「サンジらしい」
「ごめんね、ナマエちゃん」
約束を違えた事を気にしているのかサンジは迷子のような顔をして私を見る。怒ってないわ、とそのウェーブが掛かった髪を撫でれば安心したようにサンジは肩の力を抜いた。
「……でも、戻って来て良かった」
サンジの手が私の浴衣の袖をきゅっと優しい力で握る。
「着飾った君を一番に見つめていたいから」
「見たいじゃなくて?」
「……目に焼き付けなきゃ勿体ねェよ」
そう言って眩しそうに私を見つめるサンジ。こっちを熱心に見つめるサンジの方が何倍も眩しくて私の目は先程からずっと焼かれているようだ。
「君にしては珍しい色だなって最初は思ってたんだけどさ……この、青ってさ、もしかして、おれ意識だったりする?」
頭に付いてる金色の花も見覚えがある色っつーかさ、さっき鏡で見たばっかっつーか、これと一緒だなって、そう言ってサンジは自身の髪を摘む。光が当たるとキラキラと輝くサンジの金髪は私の頭にぽつり、ぽつりと咲く小花と同じ色をしていた。
「……可愛過ぎて今すぐ隠しちまいてェ」
おれだけの花でいて欲しい、と囁く甘い声は狼が獲物を巣に誘い込むような危うさがある。
「だめ」
「……せっかく可愛く着飾ったんだもんな」
見せねェと勿体ねェよ、と自身に言い聞かせるように何度も同じ台詞を口にするサンジ。
「違うよ」
サンジの逞しい腕に自身の腕を絡める。そして、その横顔を見上げながら私はこう言った。
「サンジのものってアピールされたい」
「へ」
「……モテる自覚を持ってって言ってるのよ」
私だってやきもちぐらい妬くわ、とらしくない台詞を口にしながら私は慣れない下駄で歩き出す。絡めた腕を乱暴に引っ張って、サンジの返答すら待たずに歩を進める。
「ナマエちゃん」
「何よ」
「おれはとっくに君色に染まってんだよ、中も外も全部、君仕様」
だから、おれの事もアピールして、と蕩けたような笑みを浮かべるサンジは調子外れな鼻歌を奏でながら私の腕をぎゅっと握り締めるのだった。